どうしたものか。


一口、魚を口に含んだ瞬間大粒の涙をぽろぽろ流し始めた目の前の女に、政宗はほとほと困り果てていた。
彼が彼女に何かしたのかと問われれば、ただ自分の作った食事を出したとしか言いようが無いのが事実で、さらに彼女は食物を口に運ぶたびに涙の量を増しているのである。伊達巻を食べれば、涙。ひじきの胡麻和えを食べれば、号泣。自他共に政宗の料理の腕はカリスマ級だと確信している分、こういう状態に陥った場合どう声を掛ければよいか解らないのだ。


「Ahー・・・、なんでそんなに泣いてんだ?口に合わなかったか?」


皆の頭である政宗が、彼にしては珍しく控えめに声を掛けた。次の言葉を待つ一同に緊張が走る。


「ひ、ひえ・・・。」


問われ、しばし咀嚼していた米を飲み込むと、彼女はしゃくりあげるのを堪え、頭を振った。緊張した糸が切れたように安堵の溜め息を吐いたのは小十郎だ。


「いい、え。違うのです・・・。ま、さ宗様が私めの為に作ってくださった飯がとても美味しくて美味しくて・・・。このように美味しいものを食べたのは初めてでございます。ですから、嬉しくて、涙が・・・。」


ご気分を害されてしまいまして、申し訳ございません。箸を置いて深々と頭を下げた彼女に、政宗は気にするなと声を掛けた。その顔は彼に似つかわしくなく優しく微笑んでいる。泣くほど美味しいといわれて、嬉しくないわけが無い。


「私、生まれて初めてなんです。真っ白いご飯を食べたのは。」


その言葉に、彼はきりりと胸を締め付けられる思いがした。彼女を見つけたのは、戦帰りに寄った一揆討伐で焼け野原になった村だった。行き倒れていた彼女を拾ったのは政宗自身。聞けば、父も母も姉弟も死んだというではないか。親族の死に絶望し、三日間まともに言葉も交わせなかった彼女。その彼女が、一番最初に発した言葉がお腹が空いた、なのだ。しかも白米は今まで一度も食べた事が無いという。さぞかし辛い生活を送っていたのだろう。


彼女のような人間が増えないように、一刻も早く自分が天下を取らなくては。そう心に再度決心した。


「私の家族は皆料理下手で、米など黒以外の色になったことなどないのです。魚の身が保たれているのなど数年に一度の奇跡。政宗様の料理は本当に美味しゅうございます。」


矢先の発言だった。


「政宗様、彼女の村は比較的良い暮らしをしていたと聞いております。米も毎年豊作でございます。」


追い討ちを掛けるだけになる、小十郎の発言。
後に彼女から聞いたところ、村の一揆は厳しい年貢の取立てに対してではなかったらしい。


決意を揺るがされ、怒りを通り越して呆れてしまう政宗は、彼女だけは絶対に台所には立たせまいと深く思ったという。






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史実ネタ。政宗様は料理が趣味だった。






<<07.8.16>>