「待ってくださいよ、恭弥さん!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「待ってくださいってばぁ!」
「・・・・・・・・・・・・・。」


住所の書かれた紙、どんなに握りつぶそうと捨てられず、いつの間にかその場所に居て、インターフォンを押そうとしていた。
何をしているんだ、僕は。あんなやつの事はもう忘れるんじゃないのか?あんな女、もう関係ないんじゃないのか?


「追いかけてこないでよ、偶々用があって通っただけなんだ。貴女に会いに来たわけじゃない。」
「嘘吐きですね恭弥さん。全然隣町じゃないですか!」
「何、僕が隣町に来ちゃいけないわけ?今から学校に戻らなくちゃいけないんだ、相手してる暇は無い。」
「学校そっちじゃないですよ、反対方面ですよ!」


うるさい女。貴女のせいでこんな草食動物が沢山居る通りに出てきてしまったじゃないか。
群れるやつらがうざくてしょうがない。追いかけてくるな、貴女の行く場所は僕とは違う、貴女もうざいんだよ。
その他諸々の草食動物と一緒だ。貴女は草食動物と契を交わした。












「ふぁっ・・・へっくしゅっ!」




どの位歩いただろうか。相変わらず塵のように大量に居る群れの中を歩いていると、
くしゃみの音に反応して足を止め、振り返る。そしたら、呆れるほどの馬鹿が目に入ってしまう。

上着も着ないで走る貴女。
風邪ひくだろう。今、一月だろ。馬鹿だ。手も真っ白。


「だから、待ってってば、!」


失態を犯してしまった。振り返らなければ良かった。見なければ良かった。
草食動物なんだと言い聞かせた意味が無くなる。

さっさと進もうという意思と体が反して僕は貴女を待ってしまった。
貴女が、追いつくまで。


「はぁ、やっと止まってくれましたね。まったく、年上のいう事は聞くものですよ。」
「うるさいな、草食動物と同じ方向に動いてると思うと吐き気がしただけだ。」


白い息を吐きながら微笑む貴女は相変わらず気持ち悪い。能面を見てるみたいだ。
ただ、唯一、手だけは生きている。寒さで白くなって動きが悪そうな手だけが、君だ。




「・・・僕はこの土地のことがわからないんだ。早く駅まで送ってけよ。」




「命令口調はいけませんよ、きちんとお願いしてごらんなさい。」
「貴女の言うことを聞く気は無い。」
「うわ、ちょっと、恭弥さん!」


理由を付けてその、君が生きている手を取ってみると、信じられないくらい冷たかった。
走って温まらないなんて、体自体がもう冷たいんだろう。人形みたいに。
僕が暖めてあげようかと思うけど、もう違う生き物なんだという声が聞こえる。


「恭弥さん止まって止まって!違います、駅は反対!」
「じゃあさっさと案内してよ。仕事がまだ残ってるんだ、帰らなくちゃいけない。」
「解りましたから、もっと遅く歩いて・・・!」


息を切らせてるのは、貴女。僕を恭弥さんと呼ぶのは貴女。敬語を使うのは貴女。
気持ち悪いな。君はどこに行ってしまったんだ。


と、思ったところで気が付いた。そうか、僕は今の現実を受け入れたくないだけなんだと。




「・・・・恭弥。」




小さな声でそう呼ぶのは貴女で、君。
もう手が届かないところに居るのが貴女で、過去の幻影が君。








手を繋いでるはずなのに、空気を掴んでいるのかと錯覚した。
早く止まれよ。追いつけない。ああ、追いつかせてくれないのか。









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福逃げ。
第二弾・中編になります。どっちかっていうと子どもっぽいいんちょーがイイ!(おい)
ただ現実逃避で八つ当たりしてただけって感じかな?いんちょー、昔はよく手を繋いでいたりしたんだと思います。
思い出の一つ。次で終わり。


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