捕まった時はどうしようかと思った。 叩かれるのか、罵られるのか。 どちらにしろ私は酷く怯えていたのだと思う。 彼の目の前に座らされ、ただ次の指示を待っている状態で、じぃっと見られていた。 じぃっと、じぃっと。 求められている言葉は解る、けど。 なんとなく、言いにくい。第一、こんなプレッシャーのような視線を受けて言えるわけが無い。 「・・・・・・・・・・・。」 もじもじ、手をいじって口を開いたり閉じたりしていると、焦れた彼が行動に出た。 背後から、お皿に乗った沢山のお菓子を取り出したのだ。思わず身を乗り出す。 それは私の。 「何も、無理にとは言っていません。」 ぱくり、三食の団子を口に含む。 けれど視線はしっかり此方を見ていた。 「強制して互いに傷つく状況になるのはよくないですし、」 ぱくり、次は一口サイズのケーキだ。 フルーツにかかるゼラチンが、きらきら光っている。 私は、固唾を呑んだ。 「何より、」 ぱくり、ドーナツ。砂糖が輝いている。 ここらへんでもう、手は汗でべとべとになっていた。 「きちんと、思ってもらいたいからです。」 ぱくり、ティラミス。 蜜をたっぷり含んだスポンジから甘い香りが。 「聞いてますか?」 耐え切れなくなって、その宝石が詰まったような山へ手を伸ばすも避けられ。 顔を覗きこんできて、また、ぱくり。 「・・・さいてい。」 「何がでしょう?」 「わかってやってるくせに!」 次のモンブランは必ず手に入れるという意気込みもむなしく、 ぱくり、 あの口の中へと飲み込まれていった。 「っ!も、モンブラン、わた、私の、モン、ブランッ・・・!」 もう過呼吸で卒倒しそうで、 それでも目の前の男はにやにやと笑っている。 「次は、・・・シューでも食べましょうか。」 その言葉に体が固まる。 そして、私の中でぷつりと糸が切れてしまった。 「ご、ごめんなさいってばー!!Lの大事に大事にだーいじにとっておいたガトーショコラを食べたのは私ですってばぁ!!」 涙混じりに大声でそう叫べば、ぴたりと食べる手が止まった。 ああ、たったこの一言を言うだけで私が大事に溜め込んだお菓子がこんなにも消費される事は無かったんだ。強情を張るんじゃなかったと、低くなった山を見て目頭が熱くなった。 「心の底から反省してますか?私の大事にとっておいたガトーショコラを食べたことを悔やんでいますか?」 「ええ、もう、心の真ん中も真ん中、さしんぼうで全力で悔やんでます、わた、わたしのっ、おか、うわああああぁああ!!」 とうとう耐え切れなくなって、消えて行ったお菓子を想い堰を切ったように泣き出せば、 彼は満足そうに笑って私の頭を撫ぜたのだ。 おんなのこが泣いているのになんだその微笑みは。悔しくてまた涙が溢れる。 「すみません、そんなに泣くなんて思わなかったんです。」 「え、Lの馬鹿っ、私だって、私だって食べるのっ、たの、楽しみにしてたのにぃ!!」 あまりにも泣き止まないと、今度は余裕で笑っていた彼の方が焦ってきている。 頭を撫でても泣き止まない、落ち着けと差し出されたホットチョコレートも口にしない。 しまいに、彼がまだ隠し持っていた彼お気に入りのお菓子を差し出しても涙は止まらない。 ほとほと、困り果ててしまったらしい。 「すみません、私がからかいすぎました、だから泣き止んでください。」 「うわああああぁあ、!おかし、おかしーー!!」 「今度、モンブランでもなんでも買ってきますから、ね?泣き止みましょう。」 「うわあぁあああぁぁああぁ!!」 ここまで大声で泣き叫べば、自然と周りの友達が気が付いて寄ってきて、 私と彼のまわりには大きな壁が出来ていた。 「うぁあっ、Lのばか、だいきらいだ、ひきこもりやろー!!」 余談だが、この頃の私はとてつもなく人を傷つけるのが上手な子どもだった。 彼に対しての悪口など尽きた事は無いと自負している。 「それは・・・酷い。」 嫌いと言われたからか、はたまた罵られたのが頭にきたのか。 物を使って落ち着かせようとしていた彼の動きが急に止まる。 それに気付かず泣き続けていると、彼は唐突に、人の目を気にすることなく私の頬に手を寄せて、 「ふっ、へ・・・?」 おでこにキスをしたのだ。 吃驚して目を見開けば、今度は唇にまた一つキスを落とす。 これにはもっと吃驚した。 至近距離の彼も、困ったような恥ずかしがってるような笑みを浮かべていた。 「泣き止んでください。」 「う、・・・。」 そんなこと言われなくとも、とうに涙は奥の奥まで引っ込んでしまっている。 彼は、私が泣き止んだの確認するとほっと息をつく。 すると、黄色い声を出している野次馬を無視して、私の手を引いて冷蔵庫まで導く。 野菜室を開けると、そこには私が大好きなモンブランが2つ、生き残っているではないか。 「私の秘蔵品です。お詫びに、一緒にどうですか?」 「うん・・・。」 私はこの頃十代になったばかりで、秘蔵はガトーショコラ以外にもあったのかと突っ込む余裕さえなかった。 いや、幼いからだけじゃない、唇に残る感覚が、脳も頬も焼ききる勢いで熱を持たせたのだ。 「・・・と、いうことが昔あったのを、モンブランを見て思い出した。」 「ええ、それなら覚えています。」 彼、Lは、大人になった今でも、相変わらず甘味が大好きだ。 それに引き換え、あの頃よりお菓子への執着を見せない私は着実につまらないものになりつつある。 「あれが初めてでした。」 目の前にあるモンブランを変な持ち方をしているフォークで突きながらぼやく『あれ』が差しているのは多分キスのことだろう。私も、最後の一口を口に突っ込んでから答える。 「そりゃそうだよ、私だって初めてだった。・・・そう思うと汚された気分がしなくもないなぁ。」 「貴女が昔から変わらないところがあるとすれば、それは人の気持ちを考えない無神経な発言だけですね。」 その言い方にむかついたが、今の私と彼の関係は護衛対象と護衛人だ。 雇われの身である私はあまり大きい顔ができない。 「というか、キスする必要があったのかあれは。」 「泣き喚いて私を貶した罰です。」 二回目のは私の衝動でしたが、とかなんとか。口に食べ物を含んだまま言われてもよく聞こえない。 「なに、なんて言った?」 問い詰めてもただ黙々と食べ続けるだけ。 そうしている内に、ぺろりと己のモンブランを食べきってしまった。 一口分けてくれてもいいのに。 「貴女だって先にシフォンケーキ食べ終えたでしょう。」 心を読まれた。 「今更他人の食べてるものを奪ってまで欲しがる年でもありませんよー。モンブランだって次の給料で大人買いしてやる。」 「・・・、い・・・、なんでもありません。」 きっとこれは意地汚い、と言おうとしただろうが、足を思い切り踏みつけてやれば舌から滑り落ちた台詞を拾って胃にリターンした。さすが世界の名探偵、引き際を弁えていらっしゃる。 それから、もう食べ物はいいのか、今度はココアに砂糖を足して飲み始めた。 ココアに砂糖・・・正直気持ち悪い組み合わせだが、キングオブ甘党に言わせればそれが丁度いいらしい。 「・・・あの時の、」 「ん?」 「あの時のキスは、子どもだから出来たんでしょうか。」 ふと、カップから顔を上げた彼は、思い出したように疑問を投げかけてきた。 「それはそうでしょ、だって、異性の意識も恋愛感情もない年頃だったもん。」 私も同じく、飲み物を口に運びながら答えた。 甘いものの後の、この珈琲の苦さがまたいい。 実際あの時どちらかにその自覚があれば、反対に思いとどまっていたと考える。 あれは、友達同士の挨拶みたいなもの、だった。 「けど私は、」 「今でも出来ると思います。」 ココアをまた口に運びながら、けど目線だけはしっかり私に向けて言い放つ。 吃驚して目を見開いたが、すぐにおかしくなって笑ってしまう。 「L、この年で男女の区別ができないのはちょっと、・・・引くよ?」 「私は貴女が女性であること、自身が男性であることを認識した上で言っているのですが。」 今度こそ驚いた。これは遠まわしにキスをしようと言われてるからだ。 友達としてではなく。 「・・・ふーん?」 私は少し考えて、カップを置いた。 「団子と、フルーツケーキと、ドーナツと、モンブランと、そうだ、あと、ガトーショコラ。奢ってくれるならいいよ?」 「はい、いくらでも。私も食べたいので半分こでいいですか?」 「いいよ、譲歩する。・・・私、今珈琲飲んだから口ん中苦いよ?」 「平気です、甘いものが半分こなら、苦いものも半分こしましょう。」 相変わらず恥知らずな男だな、今の台詞恥ずかしく無いのか。 そう思ったけれども、まあそれが昔から変わらない彼らしさでもあるかと納得する事にする。 ココアのカップを置いて身を乗り出したのを見届けて、私は瞳を閉じた。 ------------------------------------------------- デスノ好きの皆様に全力で土下座します、ごめんなさいいいいいい!! Lは大好きだけど、映画の松Lしか知らないっていう、あ、あ、!叩かないで叩かないで!! 松Lだってぎゅー止まりだったのにちゅーはないかなーと思いつつ。Lは童貞希b(殺) 友達に頼まれて書いたやつでした! 依頼で護衛に来ているヒロさんの、おやつの時間のお話でした。 ヒロさんは、幼馴染というか、同じ孤児院に居た女の子です。 虐め虐められの関係だったんじゃないかと。この頃から彼には淡い恋心があったらいいなぁ・・なんて。 説明不足感が否めないですが、まあ大目に見てやってください! <<08.3.15>> |