ごくごく、当たり前であって当たり前でない事に気が付いた。 - 私的・ちょっと純粋な恋愛 - 「・・・・あの、さ。」 「何だよ。」 「・・・・・・・なんでもない。」 さっきからこれの繰り返しをしているだけの気がする。 別に繰り返し同じ質問をして相手の神経を逆撫でしたりするのが目的では無く。 「・・・あのさ、カズ君。」 「だから、何だよって聞いてんだろーが。」 「・・・・なんでもない。」 ただ私は、彼の携帯の番号とアドレスを知りたいだけだった。 「・・・はぁ・・・。」 思わず溜め息が出てしまうのはしょうがない。 付き合いだして僅か二ヶ月。でも、もう二ヶ月。 前から好きだったカズ君のカノジョになれたのは嬉しい。 けど。実は私、二ヶ月付き合っててカズ君とメールやら電話をしたことはなかったりする。 それを友達に話したら、あんたら遊びで付き合ってんの?って言われたよ。 だから、今日という今日は聞こうと思ったけど。 何故。携帯の番号を聞きだすだけでこんなにも迷ってしまうのだろうか。 この教室に誰も居なくてよかった。誰かいたらきっと、いや、確実に馬鹿だと思われる。 けれど、話を切り出しにくいことは切り出しにくいんだもん。 あーあ。カズ君が今まさに目の前で携帯をしているというのに。 というか、誰とメールしてるのかな。もしかして別のカノジョ? まさか。けど、私みたいにいつまでもウジウジするようなタイプの人より、 お姉さんタイプの人の方が好きなのかもしれない。 お姉さんタイプかどうかは解らないけど、私みたいなヤツよりかはいいのは当たり前。 私にはカズ君のカノジョでいる資格がないのかもしれない。 ああ、だから私はカズ君に現在進行形で嫌われていて、けど断るのが可哀想だからって、 ムリヤリ付き合ってくれてるのかも。カズ君は優しいもんね。 そりゃそうだよね。携帯の番号一つ聞き出せない女なんて・・・。 「・・・・。」 「んー、なんでしょうかカズ君。」 「口に出てる。」 やっちゃった。私の悪い癖。 頭で考えてる事が途中から声になって外に出ちゃう。 何処から口に出てたんだろ?最初からなら私はもう終わったな。 「可哀想だからとか、そういう理由でと付き合ってるわけじゃねぇぞ。」 「うん。」 「俺が、の事好きだから付き合ってるんだ。」 「うん。」 相変わらず携帯をいじってるけど。やっぱり、カズ君は優しい。 そんなカズ君に、私は自然と頬の肉があがって笑顔になっていっている事に気が付いた。 「・・・カズ君。」 「何だよ。」 「・・・携帯の番号教えて。」 レッツトライ。みたいに、勇気を振り絞って言ってみると、 カズ君は携帯をいじる手を止めてにかっと微笑む。 カッコいいよカズ君。君にベタ惚れの私はその笑顔に心を奪われたんだってば。 「待ってました、その台詞。」 「・・・いつから?」 「放課後に入ってから。だからわざわざ目の前で携帯いじってたんだよ。」 カズ君に携帯を差し出すように言われて、私は大人しく携帯を渡した。 カズ君の長い手が、綺麗な睫毛をつけた目が、私の携帯に映し出されているであろう 文字を正確に読み取って移していく。さっきまでずっと躊躇っていたことが馬鹿みたいに、 カズ君の携帯は私の携帯の情報を読み取っていった。 ああ、友よ。君たちが言った事は決して間違えじゃなかった。 確かに、バカだったね、私。でも、つい先ほどまでこんな簡単な事だったなんて思いもしなかったけど。 「俺、が携帯持ってるって今日初めて知った。」 「言ってなかったっけ?」 「聞いてない。しかも、それ聞いたのってクラスの野郎共の口から。」 「野郎?女じゃないの?」 女友達は居ても、男友達は居ない私。 何故、クラスの男子が私が携帯を持って居る事を知っているのだろう? けど、今時常識的に持っているものを持っていない人が居る事なんて少ない。 彼らは憶測で私が携帯を持ってるっておもったんじゃないだろうか? 「ムチャクチャ頭きた。」 携帯の番号を写していた手が止まったかと思うと、カズ君の顔は不機嫌そうにゆがめられていた。 「彼氏の俺が知らない事をさ、名前も知らないどこぞの男が知ってんだぜ?」 「あー、私だったら嫌かも。」 「それにさ、お前、今付き合って何日経ってると思ってる?」 「んと・・・六十一日目。」 「そんなに経ってんのに、未だにお前は俺の名前を呼び捨てにしねぇし。」 カズ君の名前を呼び捨て? そんな事したら私は頭から煙を上げて倒れちゃうよ。 今、目の前にカズ君が居る事だけでも心臓が跳ね上がりそうで、 携帯の番号を聞いただけで夢見心地な私が、出来るはずない。 そういえばキスもしたことなければ、手を繋いだ事も無い。 お年頃・・・私もそうだけど、そんなカズ君にとって物足りないものなのだろうか。 そんな事を考えてるうちにも、カズ君は登録が終わったみたいで、携帯を返してくれた。 ありがとうって言って受け取るけど、それからは二人とも無言。 一言も喋らず、カズ君はまた携帯をいじり始めた。 飽きられちゃったのかな。どうしよう。私は、カズ君に何か言うべきなのかな。 それともこのまま黙って、門が閉まる時間までこうしているべきなのかな。 アドレス帳を見てみると、「カズ」という名前でメールアドレスも、携帯番号も入ってた。 きっとカズ君の方にも私の名前が入ってるんだろうな。メール打つの早いな。 「カズ君。」 「・・・・何だよ。」 「携帯やっていい?」 「ん。」 別に断る事でもない気がしたけど、一応。 実は今、凄く良い事を思いついたんだよ。 カズ君はまだ、気が付いていない。私が今から何をしようとしているか。 先ほどポケットに仕舞ったばかりの携帯をもう一度取り出し、折りたたみ式の携帯を開ける。 アドレス帳の、「か」行の、「カズ」に合わせて、メールアドレスの所で決定ボタンを押す。 出てきた新規作成場面で、カズ君にわからないようにゆっくり息を吐いて心を落ち着かせて。 件名に「より」と書いて、本文に文字を打つ。 ぽちぽちぽち、と文を打って、間違えてないか何度も確認して、 躊躇う時間を自分に与えないよう急いで送信ボタンを押した。 ちらりと、目の前のカズ君の顔を盗み見る。 まだ不機嫌そうな顔をしていて、けど、少し拗ねてるようで。 カズ君は、どんな顔をしててもカッコいいね。なんて恥ずかしい台詞を喉で留まらせ、 とにかく、カズ君にメールが届くのを待つ。 「・・・あ、」 カズ君の携帯が鳴る。 ああ、どうしよう。きっと私からだ。届いちゃったんだ。 届かなければ良かったと、今更後悔しても遅い。 カズ君が何度か操作する音をさせてたかと思うと、ふいに手も表情も止まった。 そして、少し間をおいてから私の顔をじっと凝視する。 その顔は、驚いているような、照れているような。そんな感じ。 けど、見つめられている私も驚いてるし、照れちゃってる。 「。」 「・・・何?」 「口で言って。」 「恥ずかしい。」 それじゃあ、私はなんでメールしたのか解らなくなってしまうじゃないか。 恥ずかしいからメールにしたのに。 「ずりぃって。俺ばっか口で言ってるじゃん。」 「私は恥ずかしがり屋で気が小さいんです。カズ君みたいに言えない。」 そう言うと、カズ君はゆっくり立ち上がった。 もしかして、今ので怒っちゃった?どうしよう、どうするの私。 カズ君に怒られちゃったら私本気で泣いちゃうよ。 けど、カズ君は怒ったわけじゃなかった。 カズ君は私の頬に手をそえて、反対の頬にキスをする。 「カ、カズ君・・・!?」 カズ君に、キスされてしまった。頬にだけど。 ああ、どうしよう。カズ君の柔らかい唇の感触とか、手の温かさが脳をおかしくしちゃいそう。 今のキスの感覚を唇で出来るものならしてみたいと思ってしまってる。 そんな考えが浮かんでしまうのは、未だ至近距離にあるカズ君の顔がとても整っていて、 頬に赤みがあるからだ。もしかしたら窓から差す夕日のせいなのかもしれない。 「一回でいいから。口で言って。」 カズ君の懇願するような目に、負けてしまいそうになる。 「え、とっ・・・。」 「言わないとキスしちまうぞ。」 この人は。本気でそう思った。 私が苦手だと知って、やった事がないのを知っていて、そういう事を言う。 イヤなワケじゃない。むしろしたい。けど、恥ずかしい。 自分と自分との葛藤の末、数秒置いてから口を開いた。 「カズを愛してます。」 送った文と、全く変わらない、ただ読んだだけのような台詞。 ・・・ただ読んだだけ。は訂正しよう。だって、文は声みたいに震えたり、 感情を込めて愛してますなんて言わないもの。 言い終えてから、自分の中にやっちゃった感がじわじわと広がってくる。 遅れて羞恥心も私を責め立てた。 「すっげー嬉しい。」 けれど、彼の顔が先ほどの不満げな、拗ねているような表情から一変して、 幸せそうに微笑んでいるから私も幸せになってしいまっているのは気のせいじゃなかった。 「キスしたい。」 「ヤダよ。だって恥ずかしいもん。」 「慣れちゃえば平気。」 「カズと一緒に居るだけで十分だよ、私は。」 一度呼び捨てをしてしまえば結構簡単なもので、なんの違和感もなかった。 もっと。もっともっともっとカズの名前を呼びたい。もっと触れたい。 もっと話したい。 「キスがダメなら襲いたい。」 「公共の場でなんつー発言をしてんの。」 「誰も居ないじゃん。」 「先生が職員室に居るよ。」 「でも、ここには居ない。」 襲われても良い。 しかしそこまで踏み込む勇気のない私はあえて肯定も否定もしない。 いつの間にか、顔だけじゃなくて体の方も近づいているのに避けようとしないのか。 それとも私の体は緊張のあまり筋肉の使い方を忘れてしまったのだろうか。 なんだか身の危険を感じてきている。 「キスと襲われるの、どっちが良い?」 「どっちもイヤだって言ったら?」 「襲う。」 「キスが良いって言ったら?」 「キスで留める。」 「じゃあ、キスが良い。」 ごめんね、カズ。 私って勇気だけじゃなくて度胸も無いから。度胸と一緒にキス経験も無いから。 もうどうにでもなれだ。 「イヤだって言えば良かったのによ。」 「未経験者にいきなりなんてことを。」 「これから経験者になれば良いだろ。実は俺もマダ。」 「じゃあ尚更ダメだよ。」 結婚まで綺麗な体を保てるとどうとかこうとか。 そんな奇跡に近いことが今の時代あるか解らない。 けど、カズがマダなのには驚いた。 「カズが、発情期の猫に見える。」 「人間皆、年中発情期だって。」 ふざけて笑いながら、さり気なく頬に添えられた手に自分の手を重ねてみる。 それを合図にしたように、私たちはキスをした。 思ってた通りカズの唇は柔らかくて、気持ちよくて。 きっと今日は星座占いで一位だったんだな、なんて思いながら、キスに酔いしれる。 酸素が足りなくなってきて、ぼぅっとしている体と頭を少しだけ起こして、 カズのニット帽をそっと取ると、頬に添えていない方の手が私のニット帽を取った方の手を捕まえて、 指を絡ませる。そんな行動一つにも私は幸せを感じていた。 カズに発情期だなんていっておいて、自分も実は発情期だったんだ。 人間ってつくづく欲に忠実なのだと思う。 だからだから。頬に置いてあった手が制服のスカーフに手をかけられても、反抗しなかった。 ああ。このまま私のハジメテはカズに持っていかれちゃうのだろうか? それも、いいかもしれない。 キーンコーンカーンコーン・・・・ 「「!!」」 学校のチャイムの音に二人して敏感に反応する。 これは、最終チャイム。後十分程度で門が閉まってしまう。 それに先生達が生徒が残ってないか見回りにくるんだ。 先生に見られちゃったら、親の呼び出しも有り得なくは無い。 だから私たちは名残惜しげに唇を離した。 「はぁっ・・・!」 実は結構苦しかったのかも。 今更になって、酸素がとてつもなく不足していた事に気が付いて、 急いで脳に酸素を送ろうと肩を上下させて息を吸い込む。 対してカズは全く息を荒げた様子が無く、私と繋がっていた銀の糸を指で切って、 私の唇を指で拭ってくれた。 「キス、本当に初めてなのかよ、お前。」 「初めて、だもんっ・・・!」 その証拠に息継ぎのタイミングが解らなくて窒息しちゃいそうになっていた。 カズは、隣のイスに腰掛けて背中を擦ってくれる。 「さくらんぼの枝を舌で結べるだろ。」 「・・・?うん。」 やっぱり。って顔で、気恥ずかしそうに頬を掻く。 そうだ。さくらんぼの枝を舌で結べる人って、キスが上手なんだと言っていた。 だから、なのかな。 「ちぇ、後もうちょいだったのに。」 私が落としたニット帽を拾って被り直しながら、ブツブツと呟くカズ。 後もうちょいっていうのは、ハジメテをしそうになったことだろうか。 「キスを選んだら襲わないって言ったのに。」 「男には、理性で押さえつけられない本能もあるのデス。」 なんじゃそりゃ。って思ったけど、 さり気なく私もその気になっていたなんて事がバレるのはイヤだったので、 あえてそれ以上は突っ込まない。 「今回は色々とイイコトあったし。ま、いっか。」 「・・・う、ん。」 進展したと言えば進展した気がする。 「帰るか。オリハラとかが来る前に。」 「うん。」 鞄を持って、先に歩いていくカズの隣に並ぶ。 今更ながら、こんなカッコいい人と付き合ってて、 さっきはキスしてしまったんだと思うと無意識に頬が赤くなってしまう。 「ねえ。」 「ん?」 「カズはキスしたことあるの?」 それは先ほどのことではなくて、先ほど以前の話。 だって、とてつもなく上手だったんだもん。正直驚いた。 「無い。キスの仕方は知り合いのを見て。」 「・・・凄いね。色々な意味で。」 「そっか?」 見て、って。つまりは目の前でキスしてたという事なのだろうか。 しかも、深いのを・・・?う〜ん、世の中には凄い人々が居るんだな。 「。家着いた。」 「え、あ、うん。」 考えごとしてながら歩いてたら、いつの間にか自宅の前に居た。 「んじゃ、今日の夜にでもメールするな。」 「うん。解った。」 そうだ。そういえばメールアドレスを入手したんだった。 カズからのメールが、凄く楽しみで、既に舞い上がってるのは私だけかな。 「それじゃ、気をつけて帰ってね。」 「おう。」 優しく微笑んで、カズが背中を向けて帰ろうとして、 私もカズに背中を向けて家に入ろうとした。 すると、歩いていた私を、後ろから誰かが抱きしめる。 「か、カズ・・・?」 少し振り向くと、金色の、夕日に照らされてキラキラと輝く髪の毛が目に入る。 「言い忘れた事あったんだった。」 だからって、後ろから抱きしめられたら吃驚しちゃうでしょ。 カズの良い匂いがするとか、サラサラで綺麗な髪だなとか。変な事を考えだしちゃうじゃん。 「今度は、」 カズの男性特有の声が耳元で静かに囁く。 どくん、どくんと。心臓の音が煩くて。けれど、 そんな音もカズが喋りだすとその声を聞き逃さないようにと静かになっていった。 「誰も居ない時に色々やろうな。」 少し間を置いてから、彼はそう言った。 色々やろうとは、どういう風に受け止めればいいんだろう。 そもそも色々って、遊んだり、笑ったり?もしかしてあんな色々? だったらやりたいと思ってしまうのは人間の欲の深さなんだ。 「わりぃな、引き止めて。じゃな!」 背中の温かさが消える。 彼はそれだけ言いたかっただけらしくて、返事も待たずに去っていった。 私も、数分立ち尽くした後に玄関を開けて中に入る。 「ただいまー。」 「おかえり・・・って、アンタ。大丈夫?顔真っ赤よ?」 出てきた母親に私は指摘されて急いで頬を押さえ、 心配そうに見てくれている母になんでもないよと言って、階段を上がって行く。 けれど、途中で止まってキッチンに戻ろうとした母に心の中で一言。 ごめん、母さん。私、積極的な子になって、 もしかしたら高校に上がらずして色々捨て去ってしまうかもしれないよ。 「は!?ちょ、!今何て言った!?」 やばい。こんな所で悪い癖。口に出てしまっていたみたいだ。 けど、まあ、いっか。 カズとなら、本当に良いかもしれない。 今日は塾を休もう。こんな気分の良い日に塾なんて行きたくないや。 母の怒鳴り声を聞きながら、そう心に決めて自室に戻っていった。 ----あとがき------------------------------------------------- 朝起きたら、書き始めの文があったので、 「そういや、アンケートのコメントでカズ夢が読みたいって言ってくださった人居たなぁ。」 なんて思ったので、気が付いたらカズ夢になってました! きっと寝ながら書いてたんでしょう!今でも半寝状態なのに!(ヲイ) つか、久しぶりのカズ夢です。 絵美里の存在を完全に無きものになってますね・・・(汗) 絵美里、嫌いじゃないんですけど・・・。 出すと話がこう、ごちゃごちゃになりかねなかったので。 カズってこんな積極的な子じゃなかったハズ・・・? 単行本のカズを見直すのが少し怖いです(汗) 私のカズ像ってこんな感じで、深層心理では実はカズはむっつりでなくオープンな子なんだとか 思ってるんじゃないでしょうかね? カズはもっと純粋な恋をするんだーい!(どんなんだ) 因みに、ヒロさんが携帯を保持していたのを知っている男子は きっとヒロさんの追っかけなんでしょう。多分。 付け足しのようですが、コメントくれた方、ありがとうございました! ちゃんとアンケートのコメント読んでます。それ全て実現できるようにしたいと思います! 私の力量でどこまで出来るかわかりませんが・・・!(ヲイ) というか、純粋で可愛い恋をするカズ。いつか書いてみたいです。 |