「のどが渇いた」 ぽつりと漏らした言葉を先頭に、せっかく止めていた感情の出入り口がぶっ壊れて流れ出す。 「・・・のど、渇いた。お腹すいた暑い暑い暑い暑い、もう溶けたい、開放されたい、じめじめ暑いもういっそあれ、この学校雪女もしくは男とかいないの、暑いんだけど誰か、誰か雪女、それかあれ、上杉さん、呼んで。」 「・・・落ち着けよ。条件は俺も同じなんだからさ。」 「えーちょ、どっちかっていうと雪国育ちの子だよ、私雪国の子だよ。ヒートアイランド現象についていける自信ない、ねぇ桃っち私のパシりにならないかい。」 「やめて、俺も溶けそうなの。」 並べた机、置かれたテキストの上に、水滴が一つ二つ、染みになって広がった。教室には私たち二人しかいないのにいっぱいに人が詰まっているのかと錯覚するほどの、暑さ。窓は開いているけれどそのお陰で要らない音も生暖かい風と一緒に入ってきた。蝉にも蝉の人生があるから、彼らに罪はないのだけれども。 「・・・ねぇ、桃っち。私いいこと思いついたよ。」 「なに、。」 「私は下からやる、桃っちは上からやって。」 「あったま良いな。乗った。」 はんぶんこな、と言った隣の桃園祐喜をちらりと盗み見れば、頬を幾つもの水分が流れていっている。目もどことなく虚ろで、これは早めに終わらせなくてはと、急いで水滴の付いた紙を文字で埋めていく。あ、破れちゃった。・・・丁度良い嫌がらせになったかもしれない。 「なんか、悪いな。ホントさ、巻き込むつもりは無かったんだ。」 「いいよ、桃っちの体質知った上で付いてきたんだから。私の方こそごめん。」 「いや、大半は俺が悪いし。」 「いやいや、私だよ、私が・・・。・・・暑いから早く終わらせよう。」 「・・・そうだな。」 私は夏休みの飼育当番、桃園祐喜は、叔父さんに用があったらしい。何故、それだけでこんな暑い教室で問題を解かされているかというと、桃園祐喜のトラブル体質と、私の失態が重なって数学教諭を怒らせてしまったのが始まりだ、とだけ伝えておこう。ここまで言えば察してもらえると信じてる。 まだまだ夏半ば。熱中症により教室で生徒死亡、なんてことにならないことを願いつつ、もう一度隣を振り返ると、桃っちは真面目且つ虚ろにペンを動かしていた。 「桃っち大丈夫?目が死んでる。」 「はっはっは、気のせいだよさん。僕はいたって冷静だ。」 「壊れてるんだね桃っち。ああ、僕ももうそろそろやばい。なんか蒸発しそう。」 「の場合シャレになんないから怖い。」 蒸発するなよ、と念を押されたので頑張ってみる。 蝉が鳴く啼く。生暖かい風はもう吹いていない。 「ねぇ、桃っち。私もうすぐ終わるよ。」 「俺も、あとちょっと、」 カリカリと鳴る音が声に混じる。宿題は、クーラーの効いた部屋でしようと決意した。 蝉の声を聞くのは、涼しい部屋が一番だ。 「出来たっ!」 「俺も!」 「じゃあ写そう。桃っち先に見ていいよ。」 「いや、先見ろよ。」 「いいよ、先にどうぞ。」 「早くしないと蒸発するだろ?早く写して先に職員室で待ってろよ。」 「いや、桃っちこそ体内の水分全部蒸発しそうだよ。」 「「・・・・・・・・。」」 「じゃあ、一緒に見せ合おう。」 「そうだね。」 くすくす笑いあってから、少しだけあった机と机の隙間を消した。 「うわ、桃っち字ぃ綺麗ー。」 「も女の子っぽい。」 「酷い、女の子だよ、は女だよ!うわぁんっ!」 「知ってるよ、冗談だって!一回だって男だなんて言って無いだろ!」 「酷い、酷い・・・!」 「うわっ、泣くなってごめんな!?」 「・・・なーんて、嘘ぴょーんっ!」 「・・・・・酷ッ!」 桃園祐喜があまりにも劇的に落ち込むから、私は口元を押さえて爆笑してしまった。 今度は、一緒に笑う。体が近くて暑いのに、心地よい。蝉は鳴く、人は笑う。 ・・・私は、渇く。 「よっし、写し完了。」 「私も出来た。」 「じゃあ先生に「待って。」 立ち上がろうとする彼を留め、頬を一舐めして私は笑う。 掴んだネクタイがしわくちゃになってしまった。私は、体質上の問題以外でも、渇いている。 「な、な、な、なっ・・・!?」 「桃っち、汗が頬を伝っていたのと私の喉の渇きが限界なのとが重なってしまった事を察してくださいな。」 彼は頬を押さえて、その頬を赤らめ、泣きそうな顔をした。 「舐めるなよ、汗を舐めるなぁああ!」 「あっついですなぁ、桃っち。」 「話聞いて、話聞いて!めっ、そういうことしちゃめっ!」 「・・・私は犬ですか。雅彦ですか!あいつより有能な位置に居ると嬉しいですけど犬なんですか!」 「さり気なく格上!?」 泣きそうな男の子。可愛いなと思ったのは、何故だろう。 ああ、とかもう、とかちくしょーとか、叫ぶ男の子を見て笑う私は、全然、笑えてなかった。 「あーもー・・・!!」 「あははっ!」 ああ、喉がしにそうだ。 今度は私のリボンがしわくちゃになってもいいから、この喉の渇きを癒してもらいたいと。 ああ、まあ、桃園祐喜は、どう思っているかしらないけれど。 「と、とにかくっ、行くぞ職員室!で、帰って、冷房ガンガン効かせてアイスだ!」 「うん。」 「ほら、早くプリント持って!」 そして期待を裏切る桃園祐喜は、私のリボンをしわくちゃにしない。 プリントを持って、筆記用具を仕舞えば私の手を掴んで走り出す桃っち。私の大好きな親友だ。 潤してはくれない親友。 「私、祐喜がいいな。」 「なんか言ったか!?」 「・・・言った!桃っち!早く帰ろう!」 それでも、繋いだ手が一時的に満たしてくれる。今はそれでも、いいと思っているけど。 『ずっと』このままは嫌なの。 呟いた言葉が彼に伝わる日はくるだろうか。ああ、喉が渇く。
真っ青な夏を走る少年少女 -------------------------------------------------------- 遅くなりましたが桃組企画「ももなつ!」に提出です。最終ランナーになってしまって申し訳ない! いつもながら初キャラでなくても全てが偽者チック。何か今回も桃くんおかしくないですか?(聞くな) 片思いの女の子の夏はー切ないー♪(誰)お題に添えたか少し心配ですが文才ないのであしからず・・・! 雨の子ヒロインちゃんでどうでしょう。暑さを紛らわそうと雨を降らしたのにそれによってじめじめしてしまえばいいんだ! 初桃夢でした! |
投稿:ももなつ! 執筆者:玖珠玉 素材:MIZUTAMA |