「なんでよっ!!」 勢い良くテーブルを叩き、目の前に居る人物を睨む少女。 睨まれた人物は何事も無かったかのように、いや、少し不機嫌そうに少女を睨み返した。 「なんでもクソもねぇ。毎回言ってんだろ。明日はお前を連れていかねぇって。人の話きけ、タコ。」 「人の話聞かないのはお互い様でしょ!しかも、明日『は』じゃなくて、明日『も』の間違えじゃないの!?」 少女はまた声を張り上げた。 車の中を思わせる、狭い空間の薄暗い一室でこの声量は頭に響く。 それもあって、相手も我慢の限界を迎えたのだろう。 眉間に皺を寄せながら、とうとう懐から拳銃を取り出した。 「さっきからグタグタ煩せぇんだよ!!これ以上喚くと脳天ブッ飛ばすぞ!?」 少女の額にぴたりと拳銃の銃口を押し付け、安全装置を外しながら相手も怒鳴りつけた。 その行動に臆する事も無く、少女は唇を噛み締めながら尚も相手を睨みつける。 数分、そのまま硬直状態が続いたが、先に動いたのは少女だった。 少女は銃口から額を退かせ、俯きながら無言で部屋の出口である扉を開く。 「あ、。お話終わった?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 扉の向こうの部屋で、お菓子を食べながらテレビを見ていた少年が少女に話しかける。 しかし少女はその声が聞こえないのか、俯いたまま少年を無視して近くに置いてあった A.Tを履き外へと出て行ってしまった。 「・・・?」 いつもなら一言言ってから出て行くのに。と、少年の胸に不安が過ぎった時、携帯の着信音が鳴り響く。 それは先ほど少年を無視した少女からの、少年へのメールであって。 打つのが面倒くさいのか、少年にメールをするのが余程嫌なことだったのか解らないが、 (きっと、前者も後者も答えとして合っているだろう。)読点も句点も無い文だった。 ただ一行、 『家出する』 とだけ書いてある。 少年は口に入ったお菓子を咀嚼する事も忘れて、 まるで魔法をかけられたかのように携帯画面を凝視する。 「・・・家出?家出って、出家じゃないよね?」 『ファック!どう見ても違げぇだろ!!』 「・・・・・・・・・・・いえで?」 ぽつり、と自分の中の自分にそう問いかけるも、何回もその言葉を復唱し、頭を回転させ、 白く、遠くなりそうな頭をたたき起こそうとする。 少年がメールの意味を受け入れ、持っていたお菓子の袋を床に落としたのは数分後の事。 - 家出姫と小さな騎士の大騒動 - 「・・・勢いで飛び出してきたものの・・・。」 行き交う人の中で一人でぽつんと立っている私は、 周りの人の邪魔になるだろうし、いつ車に轢かれてもおかしくなかった。 けど、何処かへ行こうにも行ける場所が無いのが事実。 だって、友達の家に行ったら速攻でバレて捕まっちゃうし、 何処かに泊まろうにもお金は置いてきちゃったし。持ってるのはA.Tと携帯だけ。 なんとも寂しいものだった。 「はぁ〜・・・これからどうしよう・・・。」 今から家に帰ることなんて出来ない。というか、帰りたくない。 やっと、やっと飛び出せたのに。(怒りに任せてっていうのが少し子供ぽいけど。) ずっと下を向いて走ってて、首が疲れたなと思って顔を上げて驚いてしまう。 家から見ていた場所とは、全然違う場所。隣の街まで来てしまっていたんだ。 どうしよう。この街の事、全然知らない。初めて来る場所・・・かも。 本当にどうしよう。私、迷子だよ迷子。まあ、家を飛び出して来た時点で迷子なのかもしれないけど。 あー、駄目だ。なんか泣きたい。 「・・・泣くな自分。」 今は泣くより先に逃げる事を考えなくちゃ。 泣くのは、今度。逃げて逃げて逃げ切って。本当に誰も居ない所についたら泣こう。 こんな所で泣くなんて、周りの人にいい迷惑だ。 そうだ。気持ちを落ち着けよう。あの人たちを考えよう。恨む事を考えよう。 追いつかれたらどうしてやろうか?逃げ切れるかな。・・・なんてネガティブなんだ私。 もっと、明るい事。もし、追いつかれたら・・・・追いつかれたら・・・・ 「そうだ!追いつかれたら急所に蹴り入れて逃げてくればいいんだ!」 「うっわ。それマジで痛てぇから止めろ。」 「え?痛いの?私女だからよく解んな・・・・・・・・え?」 んん?おかしいぞ。 私は今一人の筈なんだから、私と会話出来る人が居る訳ない。 何より、こんなお下品な話題にさらっと入ってくるなんて何者なんだ。 幻聴? いやいや、そこまで頭はきてないし。それより、この声はどっかで聞いた事ある。 声の主を確かめる為に振り返ると、最初に目に入ったのはつんつんとした特徴的な髪の毛だった。 (あ、誰だか解った気がする。) 予想通り、というか。そこには、呆れ顔で立ってる一度きりしか会った事のないはずの雷少年が。 苦々しい思いがあった事を思い出しているかのように眉間に皺をよせているのはきっと私の台詞のせいだな。 「痛い。泣きたくなるくらい痛い。一回経験したら、もう絶対にくらいたくねぇ。 ・・・・で?んな物騒な事考えて何やってるんだよ。」 「えと・・・・・・・・ぬ、えくん・・・・・?」 名前はうろ覚え。 (だって、ネットを見ていても、彼を名前で呼んでいる人は居なかったんだもの。 『紫雷の王』、『ブラッククロウの総長』。大体の人がそう呼んでた。) けど、訂正してこない所をみると名前はあってるっぽい。 それより何より、この場に彼が居て、私に話しかけた事に驚いた。 彼にとって、私という人物に会うのはとてつもないリスクを負うはず。 「・・・・なんで、ここに居るの?私に話しかけたの?」 思っていた事をそのまま口に出してみたけど、少し失礼な言い方になってしま気がする。 「知り合いの店からたまたま道のど真ん中で動かねぇで居るヤツ見つけてさ。 危ねーなとか思って見てたらお前だったから話しかけた。」 彼は私の問いに気分を害する事無く答えてくれた。 彼が親指でさすお店は、雑誌とかによく載ってる有名な美容院。 もの凄く人気で、連日予約が絶えないって書いてあった。 そんなお店の人と知り合いだなんて凄い。 「お前は?」 「私は、・・・家出してる。」 「・・・家出?」 「うん。因みに真面目です。」 私の答えに、彼は驚いた表情で聞き返してきた。それもそうだろうな。 もし、私が同じ答えを貰ったとしても「馬鹿じゃないの?」としか言わないと思うし。 けれど、中途半端な気持ちではない分、自分を馬鹿にする思考は存在していない。 彼にもそれが伝わったのか、呆れた声を聞く事は無かった。 「じゃあ、これから何処か行く所だったのか。」 「ううん。行く所は決まってない。友達ん家とかだとすぐ見つかるから必死に逃走を・・・。」 そこまで言って、あることに気が付く。あるじゃないか。行く所。 いきなり言葉を切った私を不思議そうな顔で見る彼。 さっきも言ったように、彼とは一度しか会った事が無い。 その分彼と私の遭遇率も低いけど、会ってしまったのなら好都合というもの。 あの人たちは彼の事を知らないし、会ってたとしても私の捜査対象には入らない。 「・・・逃走をしてたけど、今行くところ決めたよ。ずばり、鵺くん家。」 「・・・・はぁ!?いきなり!?」 もちろん、そんな事を言われるのは予想できた。 はい。どうぞ。と家に招く人なんて居ないと思うし、それが普通の人だもん。 つまり鵺くんも普通の人だから更なる抗議の声をあげようとしていたけど。 「匿って、くれるよね?」 「う・・・。」 鵺くん達にとっての恐怖は、マル風Gメンに捕まる事。そんな事は良く知ってる。 あまり、権力に頼る事は好きではないけれど事は一刻を争う事態。 警察手帳をちらつかせられた鵺くんは、少し戸惑うと溜め息を吐いて嫌々、といった風に首を縦にふった。 ごめんね、鵺くん。 「鰐島海人の妹!?鰐島って、マル風Gメン室長の!?」 「それ以外ありえねぇだろうが。」 走ってきて汗かいた。との事で、は風呂に入っている。 だから必然的に何処で嗅ぎつけたか知らないがの情報を聞いて勝手に上がりこんできた シムカとスピット・ファイアとの三人になった。 誰かと問い詰められて、仕方が無しにの事を話すと目を見開いて驚いた。 (俺も初めて聞いた時は目ん玉が飛び出るほどビビったな。) 別にこの事を話すな。とは言われてねぇし、 向こうが警察・・・しかも、一応もマル風の隊員だという事で、 シムカ達には事情を話しておくべきだという俺の判断。 「鰐島ちゃんか・・・。ふむ。中々面白そうじゃないか。可愛いし。」 「スピット・ファイア。お前がロリコンで少女趣味なのは知ってっけど、に手ぇだしてみろ。 全国指名手配犯になれるぞ。」 「いや、僕はロリコンじゃないからね?しかもなんでいきなり全国?せめて地域から行こうよ鵺くん。」 「それで?なんで鵺君とちゃんが知り合いなの?」 スピット・ファイアの発言を如何でもいい(むしろ切り捨てるべき)と判断した俺とシムカは、 無視して話を進める事にした。隅でのの字を書いててかなりウザい。 「知り合いって程でもねぇけど・・・・助けてもらったってだけだ。」 「鵺君が?ちゃんに?」 「まあ、な。」 まさかバトル中に割り込まれてくるなんて思ってもみなかったし、 発砲までされると思ってなかったから油断してたっけな。 「前に一回・・・ヘマしてマル風に捕まりそうになっちまってさ。その時俺を逃がしたのがアイツ。 変わってるよな。敵助けた理由が悪い事してなさそうだったから。だぜ?」 俺を逃がした後も速攻でアイツの兄貴に捕まって・・・殴られてたけど。 それでも、俺の方を少し振り返って笑ったアイツは変わってる。 そんな奇天烈で面白いヤツだから、助ける。借りも借りっぱなしじゃあ、なんか癪だしな。 ・・・と、いうより、警察手帳ちらつかせられたら否応無しに匿わなくちゃいけねぇし。 (この年で警察に厄介になるのは絶対にゴメンだ。) 「でも、なんで家出なんかしたんだろう。」 「・・・兄弟のいやらしい目が嫌になったとかじゃないのかな?」 「お前と一緒にするなスピット・ファイア。」 発言が親父臭いスピット・ファイアをもう一度撃沈させる。 つか、二度と浮上してくるんじゃねぇ。 「・・・・・あんな人たちの所にいるのがイヤになったからです。」 ふいに背後から聞こえた声に振り向いてみると、が廊下に立っていた。 さっきからずっと聞いていたらしい。 ぽたぽたと髪の先端から落ちてくる水滴を払おうともせず、怒りを煮えたぎらせた瞳で俺たちを見る。 「お兄達にとって私って使い勝手の良い存在としか思われてないですよ。」 「そんな事、ないよ。だって家族なんでしょ?」 シムカはの目を見ながら、なだめるように優しい声をだしていた。 「家族でも、うざったいと思う時は思うんですっ。殴るし、叩くし、発砲するしっ。」 「あんなトコ、帰りたくないですっ、居たくもなかったんです!大体!海兄の態度が気にくわない! なんで私が朝昼晩ご飯作って家の掃除して洗濯物干して顎で使われなきゃいけないの!? その上自分の気に入らない事あると怒って、私が手伝ってって抗議すると怒って!!私は母親じゃないんだよ!? アキ兄もアギ兄も見て見ぬふりをするし!!任務の時は足手まといだ。って家に置いていかれるっ・・・・!!」 感情が高まってきて、だんだん小刻みに震えてきた。 (携帯がメキっという音を立てた事はこの際黙っとこう。) 「あーーもーーー!!!ホントあったまくるなぁ!!」 完全にキレてしまったは、手に持っていた携帯を力の限り床にたたきつけた。 え?ちょいまて。携帯が床に食い込んでる。有り得ねぇほど食い込んでる。 「あ・・・ご、ごめん。」 上下する肩を落ち着かせながら、崩れるようにその場にしゃがみこんでしまった。 「・・・・・・・だって、お兄達が悪いんだもん。海兄も、アキ兄もアギ兄も、 私の事邪魔だって思ってるんだよ。だから置いてくんだよ!あんまり、だもんっ・・・!」 唇の端を噛んで、必死に涙を抑えようとする姿は何処か儚くて、寂しそうに見えた。 近くまで近寄って頭を撫でてやると、ぐすぐすと本格的に泣き出してしまう。 これにはとてつもなく慌てる。女子に泣かれた事なんてない俺にとって予想外だった。 どうするべきか。 家の事がどうだとか、実際にその場を見たわけじゃないから変な慰めはいらねぇだろうし。 なんて言えば泣き止むか解らねぇって。 「・・・詳しい事は話すまで聞かねぇけど、そんな・・・泣くなよな。気が済むまで、此処に居ていいからさ。」 「泣いてないし、鵺くんさっきまでイヤがってたじゃんっ。」 半分八つ当たり状態なのはしょうがねぇとしても、やっぱり嫌々肯定した事を根に持ってやがった。 まあ、誰しもそんな風にされたら頭にくるもんだろう。 さっきまで嫌だったのは事実。けど、今こいつを置いておいても良いと思ってるのも事実だ。 「さっきはさっき、今は今。大丈夫だって。お前が帰りたくねぇなら、兄貴達が来たって追い返してやるよ。」 「・・・ホントに?」 ちらり、と。恐る恐るといったように、上目使いで俺の様子を伺う姿が可愛いとか思ったし、 おもいっきり抱きしめてやりたいとか思ったけど、あえてそんな感情を表に出さず、 もう一度頭を撫でてやってからそれなりに真面目な声で返事をした。 「ホントに。男に二言はねぇ。」 「鵺くん大好きっ!!」 そう言うなり、笑顔全開で飛び込むように抱きついてきた。 嘘泣きではなかったのは知ってるから、この切り替えの早さには物凄く驚いた。 (おい、お前、俺が男だって自覚持ってそういう言動をっ・・・!つか、 そんな至近距離で笑顔を向けるなっつーの!!) 「は、離れろ!いきなり抱きつくなって!!」 女子特有の柔らかさはお年頃な俺にとってとてつもなく辛い。 「ご、ごめっ・・・ぐすっ・・・・で、でも、嬉しかったんだも゛んっ・・・・!!」 引き離そうと腕に手をかけると、微かに聞こえる、嬉しそうだけど泣きじゃくる声。 それ聞いちまったら無理矢理離す気も失せちまう。 「あー、解った。解ったから、泣くか笑うかどっちかにしてくれ。」 俺の声が聞こえたみたいで、はそれ以降ずっと泣き声しかださなかった。 後ろでシムカたちの冷やかしを受けながらもしかたがなくの背中に手を回して、 ゆっくりさすってやることしか俺に出来る事はなかったけど。 少しでも、一時的にでも、コイツの安心できる場所になれたと思うと、嬉しいと思った。 スピット・ファイアの店から見つけた時も思った。 一回しか会った事の無い存在。助けてもらったあの時よりずっと小さくなった気がする。 一人で道に立ってて、人の波に必死で抵抗して立ってる姿に、 助けてやらなくちゃって気持ちが働いて。 案の定、さっきみたいな泣きそうな顔で立ってるから、余計、 何かが俺の中で助けてやれって叫んだ。 脆くて、繊細で。誰かに守ってもらわなきゃ、すぐに崩れちまいそうな小さな体。 だから。 だから俺が、護ってやらなくちゃって、思ったんだ。 「「「「いっただっきまぁ〜〜っす!!」」」」 夕食の時間。仕事の都合でお店に帰っちゃったスピ君以外、 ブラック・クロウのメンバー全員で合掌をした。そこにプラスされてるのが私とちゃん。 ちゃん、さっきまでの泣き顔が嘘のように笑ってるなぁ。 あ、やば。今の顔凄い可愛いっ・・・・!ああもう。 なんで今日カメラ持ってこなかったのかな、私!シムカ、一生の不覚かもっ!! 「あ、の・・・シムカさん?私の顔に何かついてますか?」 「ううん。ちゃんがあまりにも可愛いからっ・・・・!ちゃんっ!! 私の事は『シムカお姉ちゃん』って呼んで慕ってくれてもオーケーだよ!!」 「え・・・えっと、では、シムカお姉ちゃん?」 「きゃぁああぁあ!!可愛いっ!!」 そのきょとんとした、疑問系な目がグッジョブ!! 「シムカ!に変な事吹き込んでんじゃねぇ!」 あ〜あ。鵺君に怒られちゃった。 鵺君だってさっきちゃんが泣き止むまで抱きしめてたくせに!! ずっとほっぺが真っ赤だったの、知ってるんだからね! 「鵺君には関係ないでしょ?私のちゃんに手を出しちゃダメダメ!」 「そういう発言止めろ。鳥肌たってくるっつーの。」 ちゃんが好きな鵺君としても譲れないってわけね・・・。 けど、私も譲る気なんて毛頭ないの! 「そ、それにしても、鵺くんって実は兄弟一杯いたんだね!吃驚したよ〜。」 私と鵺君の間の空気を良くないものと判断したらしく、話題を変えるように鵺君に質問をなげかける。 んー、なんか鵺君に負けた気分っ・・・。 「いや、コイツら兄弟じゃなくてチームの一員だからな。」 私と喧嘩するよりちゃんとの会話を優先した鵺君の意外な答えに吃驚したように、 チームの皆を振り返るちゃん。 「・・・・・・・え?ウソ・・・。マジですか!?」 「大マジです。」 「ど、通りであんまり似てないと思った・・・。」 その驚いた顔も可愛いなぁ・・・。なんで私の妹にならなかったのかが不思議でしょうがない。 これはやっぱり誘拐しようかな。うん。ちゃんのためなら誘拐なんて、誘拐なんて・・・!! 「・・・シムカお姉ちゃん?大丈夫ですか?目がイってますよ?」 ・・・駄目!!こんな可愛い妹が居るのもいいけど、犯罪者の姉を持たせる訳にはいかない!! キラキラって!!効果音がつきそうなほどキラキラって!! 「・・・シムカお姉ちゃーん?」 「放っとけ。大方脳が可笑しくなったんだろ。つか、口元。米粒付いてる。」 「うわっ!本当!?」 急いで口元を指で探る仕草がなんとも・・・!! そんな私とちゃんを見てあきれた表情の鵺君は、 未だに米粒探しに苦難しているちゃんの為に頬の米を取ってあげる。 ずるい! 「・・・お前、本当に俺と同い年か?」 「失礼な!そうに決まってるでしょ!!・・・・・・ま、あ・・・兄妹揃って精神年齢低い。 とか言われるけど、さ・・・。」 冷や汗ダラダラ流しながら鵺君から視線を外すちゃん。 そんなちゃんを見て、少し笑みを浮かべると自分の食事に戻る鵺君。 んー、初め見たときも思ったけど、なんというか、鵺君とちゃんって。 「・・・兄と妹?」 「・・・はい?」 「何処が?」 違うよね。同い年っていう事もあって、そういう感じじゃないなぁ。 私のそんな意図を掴んだのか、子供達も興味津々に話にのってきてくれた。 (うんうん!好奇心旺盛でよろしいっ!) 「ん〜、鵺もそれなりに子供っぽいから、同級生って感じだよなぁ。」 「でも、ちゃんの方が偉そうだから、執事とお嬢様?」 「どんな飛躍の仕方だ、それ。」 鵺君の突っ込みも軽くスルーして、食べる事も忘れて悶々と考えだす私たち。 ん〜、なんかこう、もわもわっと頭に浮かんだんだよね。 「生徒と先生?」 「ウィルスバスターとOS?」 「あ、いい線いってる!」 「行ってないよ!せめて人間レベルからいこうよミナちゃん!」 ちゃんにビシッとつっこまれちゃった私とミナちゃん。 ああ!でも突っ込んでる姿も可愛いね、ちゃん・・・・!! こんな可愛い子なら、(私と言う)竜に攫われてもおかしくないよね!! つまり誘拐は許される行為だという事!! あ・・・!そっか! 「姫と騎士!ちゃんが姫で、鵺君が騎士なんだ!」 「・・・そこは納得するところじゃねぇだろ。」 「というか、私の何処が姫で、鵺くんの何処が騎士なのか検討つかないんですけど・・・。」 またもや呆れたように溜め息をついてしまう鵺君。 流石のちゃんも呆れたような目でみてくるね。 えー、ぴったりだと思ったのにっ!! PiRRRRRRRRR...... 室内に無機質な電子音が鳴り響いた。 聞きなれない音に、さっきまで騒がしかった皆が一斉に黙り込んでしまう。 誰の携帯からなのか解らなくて、各々自分のポケットに入ってる携帯を取り出してたけど、 ちゃんがお箸を置いて挙手した。 「ごめんなさい。私っぽいです。・・・誰だろ?」 さっきメキって音を立てて、地面に叩き付けられたのに、健気に生き延びた携帯からだったらしく、 ポケットからとりだして、画面に目をやった瞬間、ちゃんの顔から血の気が引いていってた。 「・・・・・・アキ兄、アギ兄・・・。」 携帯の画面を虚ろに見つめて、ぽつりと呟くとすぐさま留守電モードにした。 数秒経った後、留守番電話サービスが起動して女の人の機械音に変わった。 機械音の後ろで、外の騒がしい雑踏音や、電話をかけてきた人物の舌打ちが聞こえる。 『ッテメ、ッ!!何処にいやがる!?いきなり家飛び出しやがって・・・!! 今何時だと思ってるんだ!!』 そうとう焦ってるみたいで、発信音の後にすぐさま声が入ってきた。 「七時だと思ってるよ。バカアギ。」 こっちの声が聞こえないのは解ってるだろうけど、ちゃんは腹立たし気に言い放つ。 ちゃん、凄い剣幕・・・。 『こんな時間まで何処ほっつき回ってるんだよ!?“家出する”だぁ!?ファック!!百億光年早ぇ!!』 単位の使い方間違えてるとか、なんか発言に年齢制限かけなきゃいけないものがあったとかは、 一応シリアスな場面だから控えるとして・・・。(ファックはヤバいよ。ファックは。) 鵺君を見てみると、とてつもなく不機嫌そうな顔で携帯を眺めていた。 どちらかというと怒ってるに近いと思う。んー、なんだかんだでヤキモチ妬きなんだよね、鵺君。 『お前が居なくなったせいで海人が荒れてんだぜ!? 八つ当たりしてくるしっ!亜紀人の気にあてられそうだし!』 『どいつもこいつも気持ち悪りぃ位って煩ぇんだよ!さっさと帰って来い馬鹿!』 少しの沈黙の後、相手の息をする音が遠ざかったから、これで切るつもりらしかった。 けど、ちゃんは携帯を通話モードにすると、服を思いっきり握り締めながら、 怒りで震える唇を動かす。 「・・・・いっつもっ・・・・!!」 『・・・・?』 「いっつもいっつもいっつも!!放っておくクセに!!邪魔がってるくせに!! 邪魔なら私なんていらないでしょ!?それとも、家の事する人が居なくて困ってる!? こんな時だけ都合よく探し回らないでよ!!私は帰らないったら帰らない!! 餓死してしんじゃえ、大っっ嫌い!!!!」 溜め込んできたものを吐き出すように勢い良く電話を切ると、 まだ抑え切れない何かに反応して肩が震えてた。 もう相手には繋がっていないはずの携帯を睨むように強く握りしめてる。 「いっつも・・・・。」 『ねぇ、つれってよっ・・・!!』 『っるせぇな。邪魔だ、退け。うざってぇ。』 『俺らは仕事で忙しいんだ、構ってる暇ねぇんだよ。絶対家に居ろ。外に出るな。』 「閉じ込めてくクセに・・・!!」 それ以上の言葉をなんとか飲み込んで、 乱暴に目元を拭うと唖然としてる鵺君に向かって微笑みかけてみせるちゃん。 「ごめん・・・。でも、今ので居場所が解ったと思うんだ。 私の携帯、電話に出ると自動的に場所が割り出せるような機能付けられてるから。 そんなのにお金かける位ならお小遣いちょうだいって話だよね!」 笑いながら文句を言って立ち上がると、今度こそ携帯を真っ二つに折ってしまうちゃん。 (無理してるの丸見えだよ。) 「ありがとう、鵺くん。少しの間匿ってくれて。でも、まだ捕まる訳にはいけないしね。 ご飯ご馳走様でした!それじゃ、ね。」 そう言うなり、玄関に向かって走って、すぐさま外への扉が開く音が聞こえてきた。 ・・・ちゃんが辛い顔をしてると、とっても心が痛くなるの。 ちゃん。駄目だよ。一人になっちゃ。 「鵺君・・・。」 「・・・ああ。解ってる。」 鵺君も立ち上がると、壁にかけてあった鵺君専用の黒いフード付きのマントを羽織って ちゃんの後を追いかけようと急ぐ。 鵺君も同じように辛そうな顔をしていて、すぐに止められなかった自分を悔やんでるのかもしれない。 「追いかけてくる。あとの事はよろしくな。」 その言葉を最後に、鵺君も空へと飛び立っていってしまった。 ・・・うん。やっぱりお姫様には頼りになる騎士がついてないと、ね。 「おいっ!!」 それなりに足は速い方だと思ってたけど、「王」である鵺くんに追いつかれない訳も無く。 私は、人気の無い夜の公園に差し掛かった所で鵺くんに捕まってしまった。 今は誰にも顔を見られたくない。きっと、涙でぐちゃぐちゃになっちゃってるよ。 「・・・あんな風に出て行かれたら、ビビるだろ?大丈夫か?」 「っ、鵺、くん・・・!鵺くん、鵺くん、鵺くん・・・鵺・・・!!」 顔を覆って本格的に泣き出してしまった私を、鵺くんは抱きしめてくれた。 私も、思わず背中に腕を回してわんわんとみっともなく鵺くんにすがりついてしまう。 「家っ、帰りたくないのっ・・・!だって、また家に帰ったらずっと置いてかれる毎日だけだもんっ!! 置いてかれて、暗いっ・・・暗い部屋でずっとずっと・・・、長ければ何日間も家の中っ!そんなの嫌だ!」 「・・・落ち着けって。」 涙のせいで上手く話せない私の背中を優しく撫でながら、 鵺くんはゆっくりした口調で優しくなだめてくれる。 「・・・私っ、いっつも置いていかれるの・・・・!!お兄達の邪魔してるのっ・・・! いっつも一人で、暗い家の中で、一人で・・・!そう言ったら、海兄にうざいって!! 言われて・・・・連れってって、一人は嫌だって言ってるのにっ・・・」 その言葉に答えを返さない代わりに、背中を撫でるのを止め腕に力を入れて抱きしめてくれる鵺くん。 喋るのがだるくなってきて、もう寝たくて寝たくてしょうがない気持ちになってきてしまう。 寝ちゃおうかな・・・寝ちゃえば、現実なんかみなくてもいいのにな。 「・・・疲れてるから、そんな気が立っちまってるんだよ。家、来いよ。」 「でもっ・・・!お兄達が・・・・」 「言ったろ?兄貴達が来たら追い返してやるって。お前、ちょい落ち着いた方が良いって。」 片手でぽんぽんと頭を叩いて、照れたように笑う鵺くんが面白かった。 お礼を言って体を離すと、今更ながら私も照れてきた。 うん。でも帰りたくないし、鵺くん家にお世話になるのもいいかもしれない。 「鵺く「っ!!」 決意を固めた私の声を遮るように、第三者の声が割り込んできた。 この声はきっとアキ兄だ。さっき電話したときはアギ兄だったのに。 嫌だ。絶対に嫌だ。会いたくない。アキ兄には、会いたくない。 だから私は鵺くんの影に隠れるように背中に回る。 鵺くんもその反応を見て、いきなり現れた人から私を庇ってくれた。 アキ兄は電話の後すぐに交代したらしくて、ここまで走ってきたのかな。 過呼吸になりそうな程肩で息をしながら、私じゃなくて鵺くんを睨んだ。 けど、鵺くんは私をアキ兄に渡す事はせず、後ろに庇ってくれてる。 私は鵺くんの後ろからなるべく息を整えて自分の出せるだけの声を振り絞った。 「アキ兄、何しにきたのっ・・・!?私帰らないもん!絶対に帰らない!!絶対に!!」 蘇ってきた涙腺の緩みを抑えて、鵺くんの服を掴みながら発した声はとても情けなくて、 心の冷静な部分では自分の発する声に微笑してたりした。 けど、私は家に帰りたくない。私は家に帰る必要が無い。 「アギ兄にも言ったけど、あんなトコ「いい加減にしなさい!!」 明らかに怒気を含んだ声にとても驚いた。 だって、私の知ってるアキ兄は今まで一度もこんな大声をあげて怒った事ないもん。 こんな、凄く怒ってるアキ兄を私は初めてみるかもしれなかった。 「ねえ、自分が何したか解ってるの!? みんな一生懸命のこと探してるって考えてみたの!?色んな人に迷惑かけてるんだよ!? どんな理由で家出したかしらないけど、そんな家出する程の事をなんで話さないの!? どうして僕たちに心配ばっかかけるの!!楽しい?キャンプ気分?けどね、。 そんな遊びでしていいものじゃないって解ってる!?」 怖い。アキ兄がとっても怖い。怖いよ。 なんでそんなに怒鳴るの。なんで私、怒られなきゃいけないの。 もし鵺くんが居なかったら、私はきっと恐怖で目の前が真っ白になってたかもしれない。 鵺くんの体を支えにしてなくちゃ、立ってられなかった。 「・・・帰るよ、。みんなに見つかったって連絡しなきゃ。君も、そこ退いて。」 きっとアキ兄は鵺くんよりちょっと向こうに居て、手を差し伸べてると思う。怖い顔で。 行かなきゃ、アキ兄が海兄に怒られるのかもしれない。いっつも海兄の肩もってばっかだもんね。 けど、帰ったら私が殴られる。きっと海兄は私を殴る。痛いのは嫌だ。 でも、今一番大切なのは鵺くんだ。これ以上私を庇ったら、 たまたま会っただけなのに鵺くんまで巻き込んでしまうかもしれない。 「鵺くん。これ以上此処にいると、きっと鵺くんもとばっちり喰らうよ・・・。」 聞こえてるはずなのに、鵺くんは私に返事をしてくれなかった。 「・・・なあ、さっきから話聞いてると、随分と一方的な意見だよな、それ。」 けど、私の代わりにアキ兄に口を開いたのは鵺くんだった。 さっきからずっと口を閉ざしてたのに、掠れる事無く、まっすぐな声でアキ兄に言葉を放つ。 そして、後ろに手を回すと私の片手を握ってくれた。優しく、握ってくれた。 私を落ち着かせるように。 「お前らさ、仕事だの任務だの言って、理由つけてを家に放ってってんじゃねぇのか? 暗い部屋に置き去りにしたり、閉じ込めたり。そんなトコに入れといて“話し合い”だ? オフザケもたいがいにしろ。話したくても話をきいてやらなかったんじゃねぇのか? こんな思いつめてるやつが遊びやキャンプ気分で家出なんてすると思うのかよ? そういう考え狂ってんじゃねぇの?」 「ぬ、えくん・・・・・。」 さっきのアキ兄と違って、落ち着いた言い方だった。 落ち着いてるけど、意見を許さない威圧がある。 意外な鵺くんの行動に驚いてて、私は鵺くんの背中に問いかけるも、 大丈夫って言ってるみたいに、ぎゅっと手に力をいれた。 「お前らにとって妹ってなんなんだ?邪魔ってあんまりだろ。大切なら、なんでこんな風になるまで放っといた? こんなに泣かせて、兄貴ズラして出て来るんじゃねぇよ。お前らが今日一日味わった疲労感より の味わってきた苦しみとか悲しみのが何百倍も上だって事くらい気付け。」 「・・・ちゃんと、を見てやれよ。家族なんだろ?」 早口で言われた言葉だったけど、一言一言が心にしみてきた。 私が、今まで言えなかったことばっかだった。言いたくても言う機会がなかった言葉。 『なんで私を置いてくの?なんで私を閉じ込めるの?なんで私の話を聞いてくれないの? なんで真面目に言葉に耳を傾けてくれないの?私は邪魔なの?ねえ、答えて。私は、要らないの?』 言えなかった事を全部言ってくれた。嬉しくて。 でも、今までそれを言い出せなかった私自身も悔しくて。 掴んでいる服と、握っている手に力を入れた。 「・・・・・・ごめん。」 長い、ずっと続いたかのような沈黙の後、アキ兄が先に口を開いた。 「。」 鵺くんは手を解いて、私の背中を押してアキ兄の前に立たせた。 目の前のアキ兄はとても辛そうな、とても複雑な表情を浮かべながら、 ・・・・私を見ていた。しっかり、私の目をみてくれた。 「ごめん、なさい。がそんなに思いつめてるって・・・知らなかった。 任務に行く度におねだりされて、煩いっておもってたの。でも、心配だったの。 が前みたいにほっぺに大きな痣作っちゃうのが、怖かったの。今度は痣じゃすまないかもしれないって。」 アキ兄の言葉に嘘は無くて、私と同じくらいの背のアキ兄は、だんだん目尻に涙を浮かべてきた。 それが、私の気持ちになってないてくれているのだと、気が付いた。 「家が、そんなに暗い所だって、長い間留守にしてもが笑顔だったから、僕たち、気が付かなくて。 ・・・そうだよね。ずっと家で僕たちの事ばっかしてたら、疲れるし、寂しいもん、ね。 の言葉を、聞いてあげなかった。の気持ちを・・・殺してた。」 アキ兄は、私に向かって手を伸ばしてそっと抱きしめてくれた。 今日はよく抱きしめてもらうな、と思う反面、すごく吃驚した。 初めてだった。こんな風に話すのも、抱きしめられるのも。 「だけど、僕たちにとってはとっても大事なの。今までの事、ちゃんと謝る。 邪魔って思ったのも、怒られてるのをいっつも黙ってみてた事も、泣かしちゃった事も、謝る。 だけど、僕たちの気持ちも解ってほしい。だから、ちゃんと話し合おう。 ちゃんとの気持ちも聞くし、僕たちの気持ちも聞いてもらいたい。」 ぽたぽたと、首筋に冷たいものが落ちてきた。 アキ兄が、泣いてる。ああ、ごめんなさい。私は何か勘違いしてたのかも。 アキ兄もアギ兄も、海兄も。泣かない人だって思ってた。 泣いた姿なんて見た事無かったんだもん。 「・・・お兄ちゃん、すっごい落ち込んでるんだ。が居ない。って・・・。 ずっと心配してて、部下の人呼んで、がみつかるの待ってる。 初めてなんだよ。お兄ちゃんが、何回も何回もの名前を呼んでるの。だから、帰ってきて・・・。」 私を離したアキ兄の顔は私に負けず劣らず涙で目の周りが真っ赤で、 目はじっと私を見つめて哀願していた。 「・・・う、ん。うんっ・・・帰る・・・、いえに、帰る。ごめん。私、ごめんなさいっ・・・!」 ごめんなさい。 私は、自分の意見を主張するだけでアキ兄達をちゃんと見てなかった。 自分中心な意見で、アキ兄たちを困らせて困らせて困らせて。 「ごめん、なさいっ・・・!!」 私が泣き出すと、今度はもっと強い力で抱きしめられた。 一瞬骨が折れるのかと思ったけど、そんな事はなくて。 「アギ・・・兄。」 私を抱きしめたのは、いつの間にか交代したアギ兄だった。 「・・・悪、かった。」 「うん・・・。」 そう言ってすぐに私を解放すると、ぷいっと背中を向けてしまう。 アギ兄は強がりだから。気付かれて無いと思ってるかもしれないけど、 私の耳にはしっかり鼻を啜る音がきこえてくる。素直じゃないな、なんて。 「・・・帰るぞ、。」 少し落ち着いたらしいアギ兄は、振り返ることなくそう言う。 「うん。・・・あ、ちょっと待って。」 行く前に、言わなければいけないことがあったんだ。 後ろを振り返ると、嬉しそうに微笑みながら立っている鵺くんが居る。 今回、一番お世話になった人。助けてくれた人。 「・・・ありがとう。鵺くんのお陰、なんだ。」 「おう。まあ、これを機に俺は警察手帳で脅される事はなくなったんだしな。」 「その台詞には、ちくちくしたものを感じるんだけど・・・・。」 警察手帳はやばかったかな。実は嫌われたりしたのかな・・・。 そんな事を思ってると、慌てて鵺くんが冗談。と訂正した。 ・・・冗談で良かった・・・! 「改めて、今日は一日ご迷惑をおかけしました。でも、楽しかった。」 「俺も楽しかった。良かった、仲直りできてよ。お前が家出したから踏み切れた一歩なんじゃねぇの?」 「・・・ううん。私は逃げただけ。私は自分の気持ちを自分で伝える事なんて出来なかったもん。」 私はさっきまで繋いでくれていた方の手を取って、両手でぎゅっと握った。 私より少し大きい鵺くんの手。私は今日一日、この手に護ってもらってたんだ。 励まされて、慰めてもらって、癒してもらった。 「さっきの、凄く嬉しかった。庇ってくれたのも、匿ってくれたのも、笑わせてくれたのも。だから、」 私は少しぎこちない動きで鵺くんの手の甲にキスを落とすと、泣いた顔が不細工に映らないように、 私が出来る最高の笑顔でにっこりと笑った。 「本当にありがとう。」 「・・・ああ。」 少し照れたように目線を外した鵺くん。私も少し恥ずかしかった。 けれど、これが今の私に出来るお礼。本当はお金とかの方が良かったのかもしれない。 うん。今度ちゃんとお礼に行こう。 「・・・じゃあ、元気でね?」 「あ、ああ。」 名残惜しいけど、鵺くんの手を離すとアギ兄の所に行く。 「行くぞ。」 「うん。鵺くん、ばいばい。」 走りさる間際にそう言ったから、ちゃんと鵺くんも挨拶してくれたか声は聞こえなかったけど。 一瞬見えた鵺くんの唇は確かに「じゃあな。」って動いていた。 私の一世一代の家出大作戦は、静かに幕を閉じていった。 後日。 街の一角にある店で、少年が呆けた顔をしながら座っていた。 少年、というのはまぎれもなく俺であって、太陽が燦々と輝く昼メシ時、テラスの隅で食事をとっていた。 「たりぃな、ったく。」 のやつ・・・元気にやってんのかな。 が帰った後、どうなったか知る余地も方法も無い俺は無事を祈る事しか出来なかった。 殴られてないよな。・・・きっとあの二重人格野郎共が殴らせないだろうな。 特に“アキ兄”って方、きっと腹ん中真っ黒だ。 に手ぇ上げたあかつきには、鰐島海人は呪われるんだろう。 あいつらがついてるから大丈夫。何回も何回もそう言い聞かせても、自分で確認しねぇと気がすまない。 厄介だな。人間の心なんて。二回しか会った事ない女にこんな肩入れするなんて。 (この際認めてしまうと、一回目の笑顔で既に惚れちまった訳で。) このままじゃ駄目だとシムカに言われて、ムリヤリ今日の昼は外食にさせられたものの・・・。 あんまかわんねぇなおい。確かに空は晴れ渡ってるけど、今の俺にとっては気分転換にもなりゃしねぇ。 むしろ視界の端を掠めるバカップル共をどうしてやろうかという考えしか浮かんでこない。 とりあえず、空にしたパスタの入れ物を脇にやり、デザートの注文をしてから机に伏す。 「心配だ・・・。物凄く。」 今ので『心配』って言ったのが91回目だったような気もする。 もうそろそろ心配ってどういう意味か解んなくなってきちまった。 意味ってどういう意味だったっけか? 「・・・何が心配なの?」 「が・・・ってうおぉ!?」 呆けていたせいもあってか前の席に誰かが座ったなど気が付くはずがなく、 いきなり自分の会話に割り込んできた存在に心底驚いた。 つか、え?嘘だろ? 「ごめんね、心配かけて。連絡先教えるの忘れてたから、鵺くんに結果報告できなかったんだよね。」 「っ!」 鰐島。 数日、暇になれば頭の中を占拠していた人物が、目の前に現れた。 その会えなかった数日が数年に思えて、目の前でキラキラと笑顔を向けられると 懐かしいような、嬉しいような・・・とりあえず、この数日間頭に掛かっていた靄が一気に晴れていく。 ・・・偽物とか、どっきりじゃないよな?本物だよな? なら、別の疑問が頭を過ぎる。連絡先も、俺の行動パターンすらも知らないが何故此処に? 「今日ね、シムカお姉ちゃんにここに来るようにって言われてて、来たら鵺くんが居たんだもん。吃驚した!」 全ての謎が解けた。シムカ、お前の仕業か。 何故連絡先を知っているかは後日問い詰めるとして、・・・まあ、今回はよしとするか。 ちらりと見たの体には傷一つ無く、帰宅後何も無かった事に安心した。 何より、ずっと嬉しそうに笑っている姿が、嬉しかった。 「数日ぶりだね、鵺くん。」 「・・・だな。元気だったか?」 「うんっ!すっごい元気だった!!」 とりあえず帰った後の経緯をきいてみると、それなりに大変なこと (家に何やら怪しい機械が並んでたり、銃器類が一通り揃ってたり、鰐島海人が木乃伊になりかけてたりとか。) になってたらしいが、話し合った結果も“アギ兄”こと、 鰐島咢と一緒に行動するという条件で任務に出してもらえる事になったらしい。 「帰ったらね、海兄に殴られると思ってたけど、全然殴られなかったの!!頭を撫でられた! あの海兄がだよ!?夢かと思った!」 家族の事を嬉しそうに話す。 その笑顔が、俺のしたことものした事も間違ってなかった事を証明しているようだった。 (つか、元気に笑うとさらに可愛いよな、コイツ・・・。) 「でね、全ては鵺くんのお陰なの!」 「どーいたしまして。」 幸せいっぱいな顔で俺のお陰。とか言われて、気分は最高。 俺は頬の筋肉がだらしなく弛緩してしまわぬよう耐えねばならなかった。 「だから、何かお礼がしたいな、って。鵺くん、何か欲しいものある?この前は手持ち無かったけど、 今回はばっちりお金あるから、多少高いものが欲しいとか言われてもばっちりダイジョブ!」 「欲しいもの、ねぇ・・・・。」 あるっちゃ、あるけど。 俺の欲しいものは物でもなければ食べ物でもない。『が欲しい』とか言ったら絶対拒否されるだろうしな。 それより、のバックに居るシスコン兄弟が全力でそれを阻みにくる。 三人相手はキツいよな・・・。特に“アキ兄”。(名前は亜紀人って言うらしい。) 「お待たせしました。」 しょうがないから、他の『欲しいもの』を考えてたら、さっき頼んだデザートが運ばれてきた。 俺自身ケーキはあんま食わねぇけど、なんとなく頼んでみたものだった。 ・・・心配しすぎで気が狂ってたのかもしれない。おっかねぇな、狂気。 とりあえずこれを食うか食わないか迷ってると、が過敏に反応する。 「鵺くんもこれ好きなの?」 「いや、別に。」 「え?そうなの?すっごい美味しいらしいんだよ!このケーキ!!」 「へぇ、そうなのか。」 ・・・・・・・良い事思いついた。 「、ちょっとこっちこい。」 「ん?」 荷物を置いていたイスから荷物を退かして、そこにを座らせた。 もちろん、邪心など知らねぇはなんの迷いも無くそこに腰掛ける。 よし。ここなら道路からも見えねぇし、周りの客からも見える位置にはならねぇ。 「これ、本当に旨いんだよな?」 「うん!メチャクチャ美味しいって!友達が言ってた!」 「そっか。」 の俺を見る目は、それくれ。と目を輝かせてるのは百も承知だ。 だから、俺がケーキを自分の口に入れたときは少し残念そうに目を伏せた。 けれど、それもつかの間の事。 「んっ・・・!?」 顎を持って上を向かすと、驚いて俺の名前を呼ぼうと開きかけた口に無理矢理口付けをした。 こんな至近距離で見ると睫毛長ぇなとか、瞳の色が綺麗だとか冷静な事を頭で考えてる割には、 やってる事がやらしい。 自身、ここが屋外で、少し叫べば人目が付く事くらい解ってるらしく、 唇の間から漏れる声も何とか押さえ込んでるみたいだった。 あんまりからかいすぎて嫌われるのは避けてぇから、余計な事は一切せずに、 無理矢理歯をこじ開けさせて目的の物を中に放り込む。 『放り込む』って表現をしてるんだから、俺の舌ではなく、コイツの欲しかった物を入れた。 慣れていない分反応は新鮮なもので、唇を離すと真っ赤になりながら金魚みたいにぱくぱくさせていた。 (・・・可愛い。) 「なっ、ななななななっ、なにっ、なに、を・・・・!?」 「ん?このケーキ食いたかったんじゃねぇのか?」 「そ、そそそそそうだけどっ!!そんなっ、く、くちうつしだなんてっ、ああもう!鵺く「それと、『くん』付け禁止な。」 「え!?無し!?呼び捨てっ・・・!?」 「それとも『ちゃん』って呼ばれたいのか?お前は。」 「あ、う・・・それは・・・うん、なんとなく違う。」 いきなりキスされた上、『くん』をつけてはいけないなんて言われれば慌てふためくのは当然だろう。 けど、なんだかその他人行事な呼び方は気に食わない。(まあ、他人であるのは事実だけど。) 「今更『くん』付ける必要性が無いだろ。さっきのと、『くん』無しが礼でいい。」 さっきの、というと、途端に顔を紅潮させていく。 これが礼だと言った分考えるところがあるらしく。数秒後、覚悟を決めたようで また顔を赤くしながら一人で何回も頷く。 「そ、それじゃあ・・・鵺・・・・・・で。うん。鵺って呼ばせてもらうねっ!」 「上出来。」 やっぱりこいつはお姫様なのかもしれない。 笑顔が素敵な家族思いの姫。って、ことはやっぱり俺は騎士役? (今更ながらシムカが言った事に納得する。) けど、この場合俺は向こうから掻っ攫っちまうから、魔王? ・・・最終的に倒されるなら、やっぱり騎士がいい。 俺の敵はサイコ兄な大魔王に、腹黒幹部の大ボス、下っ端サイコ弟のファック野郎。 その他諸々(シムカとかシムカとかスピット・ファイアとか。)。 「お姫様略奪はムズかしいよな・・・。」 「・・・?」 を取り巻く輩は意外に強敵で。 しかもこれから任務で忙しくなるであろうに会えるなんて奇跡に近いものになるのかもしれない。 それでも、微かな希望と運と教えてもらった携帯の番号は俺の最大の武器になりうるもので。 「あ、時間だ・・・。・・・・行かなくちゃ・・・。」 「・・もう行くのか?」 「うん。この後お仕事はいってるんだ。私、もっとお話したかったのに。」 「仕事ならしょうがねぇだろ。また、ファック!って叫んでるお前の兄貴に心配かける前に行け。」 一人で立ち向かうにはちょっとハードルが高い気もするけど。 「あのね、私の家って車だから、次いつ会えるか解らないけど・・・また会えるよね?」 「ぜってぇ会える。つか、会いに行く。」 「本当?」 「ホント。」 傷つけないように、傷つけさせないように、大切に。 姫を手に入れる為に、頑張ろうと思う。うん。我ながら健気だよな。 けど、それが騎士たる俺の役目だから。 「じゃあな。」 (片手をとって騎士がやる忠誠の誓いみたく手の甲にキスを落とすと、 真っ赤になりながらじゃあねと言って走り去って行った。なんとも可愛いお姫様だ。) 「・・・サンキュー。元気でた。」 ぽつりと呟いたけど、本人に聞こえたかどうかは不明。いや、聞こえてねぇだろうな。 さっきまでウザかった晴天も、今では清々しい気持ちにさせてくれる。 気持ちの変化で見えるものが変わってくるなんて、人とはすげぇもんだと感心した。 が去った後、俺はさっさとケーキを平らげて店を後にした。 あとがき お誕生日おめでとぉおおぉ!!いーちゃん!! ということで、9月1日にお友達のいーちゃんに捧げさせていただきました鵺夢です。 かなり気合いを入れて書いてたらこんなに長く・・・!(汗) やっぱり前編と後編に分ければよかった・・・。合う背景がございませんです。 真っ白イヤだけど全然合わないよー!(泣) 捧げ物だけどこっそり(?)サイトにアップ。どうぞ私の変態ぶりを見てやってください!(死ね) 名前もいーちゃんのじゃ、悪いかなと思ったので変えました。 甘々になったかなー。最後、なんか表現の仕方がおかしい気もす、る・・・(死) め、目ェ瞑ってください・・・! お誕生日になんか駄作を贈りつけてしまってすみませんでした(汗) 何故か『家族』というテーマを意識して書いてみた作品です。 家族中心より、鵺中心・・・。やっぱテーマはムズいです(汗) 焼却覚悟の一作!最後まで読んでいただいてありがとうございました! おまけ 「あの、さ。アキ兄。」 「ん?な〜に?」 「アキ兄はさ、私がほっぺに痣できて心配だったから外に出してくれなかったんでしょ?」 「うん。あ、でも大丈夫だよ!今は僕とか咢がついてるからね!!」 「う、ん。・・・その事なんだけど、あの、それって多分・・・私がライダーの人 (・・・それが鵺だったって事は伏せとこっと。)逃がした時に海兄に殴られたやつだと思う・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・、ちょっと待っててねv」 「え?うん。」 数分後 「きゃぁあ!!?アキ兄!ど、どうしたの!?血っ、血が出てるっ・・・!!」 「え?違うよ違うよ!血じゃないよ!ケチャップだよ!」 「ケチャップがそんな生々しい血飛沫みたくなるわけないじゃん!!怪我、怪我は!?」 「してないよ。僕がそんなヘマするわけないじゃ〜ん☆じゃ、お仕事行こっ!」 「え?えっ!?ちょ、アキ兄〜〜!」 更にその数分後、大怪我をしたマル風Gメン室長が病院に運ばれていったとさ。 |