夕刻。 今日はやけにひっそりとした船の中を、目的も無く歩いていた。最近は攘夷活動も無くて暇だなぁ。忙しく動き回っていた日々が懐かしくなるくらいだ。しかし一体、どうしてこんなに暇なのだろう。祭り好きの癖に何をやってるんだ。高杉は、何を考えているのか解らない。 「ー!!」 「うん?あ、また子。」 前方からは仲間のまた子が笑顔で駆け寄ってくる。楽しそうに手を振るまた子の笑顔は癒される。この笑顔は、戦場では見ることは出来ない。いつだってあそこには悲しみと血しか流れないのだから。そう思うと、適度な休息は必要なんだと思う。 「ー!」 「なにーまた子ー。」 「ーーー!!」 「だからなにーまた子ー!?」 それにしても彼女は何故あんなに爽やかな笑顔を浮かべて、こんなに近い距離に居るというのに走っているんだろう。何か只ならぬ予感がする気もするけれど、避けるべきか否か迷ってしまう。彼女が、高杉のこと以外でこんなにも楽しそうな顔をするのは珍しいから。 「ーー!トリックオアトリートっスーー!!」 トリックオアトリート。それは、日本国よりはるか遠くの国に古くから伝わるお祭りのひとつではなかっただろうか。お菓子か悪戯か、どちらかの選択を迫られ、お菓子をあげなければ悪戯をされてしまう。しかしお菓子など持ち歩く歳でもないので、今は手元に無い。 「ごめん、お菓子は持ってな「なら悪戯っスね!!」 「ふぐっ!?」 勘が当たったらしい。勢いをつけて飛んだ彼女は片手に持っていた小さな粒を私の口にねじ込む。 「な、なにすんのよ!」 反抗しようと手を上げた瞬間、小さな爆発音が私を包んだ。 「いやー、すっげー可愛いっス!」 「・・・・・・・くたばれまた子。」 「殿、女子がそのような言葉を使ってははしたないでござるよ。ざまーみろでござる。」 「お前、顔にざまーみろって書いてあるぞ、死ねよ万斉。」 「さんっ、こっち向いてこっち向いて!はいチーズ!」 「黙れ下種。」 また子のすぐ隣で周囲へ唸り声をあげ威嚇をするも、その姿すら面白いらしくフラッシュが止まない。がいがいわやわや騒ぐ人だかりの一角で私を見下し笑うのは天敵・万斉だ。なんかここぞとばかりに喧嘩売ってるよね、そうだよね!? 今、私は大変な事になっている。揺れる尻尾、小刻みに動く耳、五歳程幼くなった体。まるで猫の一部が私に移ってしまったみたいだ。そして体が一回り小さくなってる。変態してしまった原因はたった一つ、先ほど悪戯と称して口にねじ込まれた薬のせいだ。何故、誰が、へんてこな部位が増える薬を持ってきたのか。 「いやー、それにしても晋助様は本当に良いセンスしてるっス・・・!」 と、悩み始めるのとジャストタイミングで私をぎゅうっと抱きしめていたまた子が熱っぽい溜め息をつくように人名を挙げる。 「・・・高杉?」 「そうでござるよ。先ほど殿が服用したのは転生郷の副産物でござる。まさかそのような効果があるなんて気が付かなかったでござるよ。嘘だけどな。」 小声で言った言葉は聞き逃さなかった。また子はともかく、こいつ絶対解ってた、解って止めなかったのかこの野郎。いやそれより、もしかして、これは麻薬をやったってことになるの? 「最低!麻薬だって解ってて使うなんて最低ッ!!」 「だってラリってないじゃないスかー。大丈夫っスよ。むしろもうちょい飲んで五歳くらいの姿に・・・。」 「却下・・・というかまた子なんか呼吸荒い!気持ち悪い!!」 耳元で聞こえる荒い息のまた子の顔を遠ざけてると、自分の体についている尻尾の毛が逆立つ。寒気がしてるんだ、また子いやだ。どうやらあの天人集団・春雨から高杉が受け取って来たものを、あろうことかどんな作用があるか私で試したらしい。もし、これが劇薬だったらどうしてくれる。別の意味で一瞬にして天国行きじゃないか・・・!しかもなんてことだ。薬を渡した本人はこの場に居ない。あ、なんか腹が立ってきた! 「・・・高杉シバいてくる・・・!」 「無理でござる、殿なんか反対にヤられて終わりでござるよ。」 「なんか卑猥なんですけど!やめてもらえる!?万斉くたばれ!!」 頬ずりするまた子を押し退け、未だ写真を撮る人だかりを抜け出し廊下を走る。走るっていったって、たった二部屋先が高杉の部屋だ。こんな体にしといて、この騒ぎを聞いて、部屋に引きこもりですかコノヤロー!! 「ちょっと高杉ッ!!」 勢いよく扉を開けば、まあいけしゃあしゃあと酒を飲み月見をする我らが頭。幼くなった分着物が合わなくなりずりおちるのを押さえながら、もう一度名前を叫び近づく。やつはゆっくり杯を空けると別段驚く様子もなく私を見て笑った。 あーあーあーあー!! 私こいつ嫌いだッ!国を滅ぼそうっていう考えには確かに賛同する。だけどそれ以外はまったく、まっったくもって思考から何から合わないんだもの!もしやつが一般市民だったら絶対出会いたくないやつだ、いやだ、こいつの笑った顔も嫌いだ! 「よォ、いい恰好じゃねェか、。」 「下の名前で呼ぶな高杉。聞いた、あんたでしょこんな姿になる薬を渡したの。」 こいつにと呼ばれるのはこの上なく腹が立つ。嫌いなのだ、こいつの声も。 それにしても二つ部屋を移動しただけだというのにこの静けさは異常。まるで高杉が世界を拒絶しているみたいだと思うのは何度目だろうか。高杉は私の質問に答える事無く、酒を注ぎながら、あの、やつの独特の笑みを浮かべて笑う。なにがおかしいんだろうか。私はこんなにも真面目に怒っているのに! 「高杉ッ!」 「そんな大声出すんじゃねェよ。酒が不味くなるだろーが。」 「私の大声が嫌ならやめてくださいって頼めばいいでしょう!」 こいつにはいくら頭を下げてもらっても構わない。あの余裕綽々の顔を潰したい。なんでこんなやつの下に・・・!今更後悔しても遅いんだ。あーもう、桂についていけば良かった!!穏健派になりつつあるけどこいつみたいに意味の解らない言動なんてないだろうに! 「なら、お前も俺にねだればいいだろう。」 しくじったと考えていると、間を空けてやつは杯を持っていない片手を懐に入れ何かを取り出した。それは、小瓶に入った数粒の丸薬。 「元に戻る薬を寄越せってなァ。」 「・・・あれ、転生郷の副産物じゃないの?」 「んなわけあるめー。それとも、都合よく猫になる薬なんてあるとでも思ってるのか?」 先ほどとは違う笑い方、馬鹿にしてる。そして更にさっき私が思ったように頭を下げろと、言っているのだ。私はこいつが嫌いだ。それは向こうも承知だ。だからこそ、どちらが上かを知らしめる為に私を不利な状況に持っていこうってことだろう。わざわざその為だけに私にこんな醜態をさらさせたというのか! 「薬を寄越せ。」 もちろんそれに屈服する私じゃない。しかしこの姿のまま居るのは心身ともに耐え難い、外にすら出たくない。態度でかいけど、これでも大幅な譲歩だ。壁に寄りかかる高杉の傍まで寄って、手を出して薬を要求する。するとまた笑って私を見上げてきた。 「折角なんだから可愛らしくねだってみろよ、。」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 なんということだ!あろうことか、やつは自らの膝の上を叩いて目配せをしている!そこに座れってか?そこに座ってねだれってか!?思わず握り締める拳から、爪が食い込んで血がでるかと思った。馬鹿にしてる、ガキ扱いしてる! 「この薬がなけりゃお前はずっとその姿のままだ。それで良いんなら部屋に引き返して遊んでもらってくるんだな。」 「う・・・・。」 屈辱と羞恥、体裁と今後の私が天秤の両端に乗せられ揺れ動く。今、屈辱を味わうか、戦士としての威厳を失うか。 「さあ、どうする?」 ・・・葛藤の末の行動は、多少の勇気で乗り切れる気がする。そろそろと、高杉こんちくしょうの膝に座りこみ、顔を見上げた。どうも月には魔力があるらしく、いつも憎らしい憎らしいと思う顔が月明かりに照らされ端整に見えて仕方が無い。思わず伸ばしそうになる手をおさえつけ、きっ、と睨めば、にやりとあの独特の笑い方をした。 「・・・薬を、寄越せ。」 「寄越せ?」 「・・・・・・・ください。」 もしこの現場を誰かに見られようものならその場で腹切って死ぬ。恥ずかしさのあまり頬が上気するのをおさえられなかった。そんな私を見て、高杉は笑う。 「プライド高いお前が俺に願い事たァ、よっぽど嫌らしいなその姿。」 「っ、いやに決まってるでしょ!?写真は撮られる、万斉に馬鹿にされる、また子に擦り寄られる!おまけに幼くなってるから何しても笑われる!あんたのせいなんだから!」 「ククッ、俺のせいか。・・・・なら、責任とってやろうか?」 あまりにも艶やかに声を出すものだから、一瞬体を固めてしまった。その隙に頬を撫でられ、ぶかぶかの着物に手をかけられる。まて、まてええぇ!? 「ちょ、っと!高杉やめて!」 両手で押して離れようとしたら両手ともおさえつけられてしまった。ああ、無力、幼き自分。いや、詩を作っている場合ではない。責任とるって、そっちの責任はいいよ、とらなくていいよ!とるの意味を履き違えてる!早く薬を、責任は薬で取ってくれればいいから! 「ひっ!」 肩に唇を這わされるや否や、付属の尻尾はぴんと立つ。ちょっと待て、なんでこいつ私相手に発情してんの!?元は二十代とはいえ今は十五歳そこら。子ども相手に何してるんだ。ありえない、なんで、薬をもらうためにあんな恥ずかしいことしたのに、いきなり話脱線してこんなことに!更に恥ずかしいわ! 「高杉っ、薬頂戴!なんで、それもらいに来ただけなのに!」 「薬なら後で飲ませてやるよ。」 「しかも飲ませてやる!?自分で飲むから、いいから!ロリコン高杉っ!離して!」 ロリコンに反応したのか、肩で揺れていた黒髪がゆっくり顔あげ、私の唇にキスをひとつ落とす。い、いいいいっ!?なんだ、変なものでも食べたのか高杉!?よりによって私!?また子の方が、何倍も貴様という野獣を心から愛しているんだぞ!という台詞はついに声としてでなかった。口がぱくぱくと金魚のように開いたり閉じたりするだけ。 「ロリコンだろうがなんだろうが、がである事には変わりあるめェ。」 「こ、このっ・・・、馬鹿!下の名前で呼ぶなって何回言ったら解るんだ変態!」 「俺が変態ならお前も十分変態だろうが。」 変態を愛したお前にも罪は或るだろう? 耳元で低く低く呟かれる言葉にとうとう思考回路が昇天なさってしまわれたかと思う反面、的を射た答えであると頭の隅で肯定してしまった。私の頭も昇天してしまったらしい。私はこいつが嫌いだ。たまに異常な感情を感じる私も嫌いだ。 返事をしないでそのままでいると、やつは頬に添えていた手を背中に持っていき、背骨伝いにどんどん下降させていった。慌てて抵抗しようにも、押さえつけられた手は力に勝てない。手が、尻で止まり、尻尾に触れた瞬間もなんとも女らしい声を上げてしまったのに情けない思いに駆られる。 「し、ししし尻尾触らないで!」 情け無い声、だ。できるものならこの場で舌を噛み切りたい。尻尾が触られてこんなにくすぐったいものだなんて。今度から遊び半分で猫の尻尾を握って遊ぶのはやめよう、そう誓った。 「ほォ、お前の弱点は此処か。」 それを知ってかしらずか、私が嫌がるのを見て笑い、尻尾を付け根から先まで丁寧に撫で始めた。くすぐったい、なんか凄いやだ!あまりのことに涙が出そうになって、高杉の肩に顔を埋めて必死に我慢する。お前は俺を愛しているだろう?俺はお前を愛している。そんな言葉なんて聞こえない、返事なんかできない。してやるもんか。高杉の声が聞こえないように、うわ言のようにやめてやめてと呟く中、一回だけ晋助と呼んでしまった気がする。後悔した、ああ、私はこいつを、 「ーー!」 「うわああぁあああぁあぁあ!?」 耳元でまた子の声が響いた。驚いて飛び起きるとそこは自身の寝室。 「大丈夫っスか?大分魘されてたみたいスけど。」 「うな、され?」 ・・・そうだ、薬で、高杉でなんか、発情して・・・。そうだ、尻尾、耳!急いで自分の頭や尻を確認すると、そこには何もなかった。体も、いつもの姿だ。 「・・・・夢、か。」 「なんか嫌な夢でも見たんスか?」 「う、ううん。なんでもない。」 不思議そうに首を傾げるまた子に全力で否定する。まさか、日頃毛嫌いしてる高杉と危うく関係を持つことになりそうになった夢を見ただなんていえない。猫になってしまうオプションもついてましたなんて尚更。けど、あれは無駄に生々しい夢だった。今思い出しても赤面できる。そう、夢。 「また子、今日は何日?」 「三十一日っスよ!今日はハロウィンっス!!」 ・・・なんか、嫌な予感。私はもしかしたら予知夢を、見てしまったの?つまり、あの惨劇が繰り返されるってことだろうか。高杉と、あんな・・・。 「どうしたんスすか?すっごい汗かいてるスよ?」 「なんでも、ない。」 大変だ。今は昼、あれはたしか夕方だった。始まりは、お菓子がなくて悪戯されてしまったこと。 「ちょっと出かけてくる!」 「え?ちょっと!?朝ご飯どうするんスか!?」 「先に食べてて!」 まだ間に合う、今からでもお菓子を買いに行こう。 また子の呼び止めにも振り向かず、急いで着替えて財布を持ち走りだす。指名手配だろうがなんだろうが、私にだって身を護る権利くらいある! 廊下を駆けて、出口付近で高杉を見かけた。煙管をふかして一瞬こっちを見たけどすぐに視線を外して壁に背を預ける。・・・なんか気まずい。けど、あれは夢だ。今は現実。私は高杉が嫌いで、高杉も私に興味は無い。やつなんか嫌いだ。そうだ、大機嫌いなんだ! 通り際に出かけてくると言うとああ、としか返事が返って来なかった。寂しいなんて思わない、起きたばかりだから、鮮明に、残ってしまってるだけだ。 「ククッ・・・夜の宴が楽しみだなァ。」 「・・・え?」 小さく呟かれた言葉に過剰に反応する。 思わず振り返った時には、既にこちらに背を向けて歩き出していた。 「・・・まさか、ね。」 やつと繋がってるだなんて思いたくも無い。 共 通 夢 想 (高杉の場合) 「・・・違う、そんなつもりじゃ無かったんだ仕方あるめーよ。あいつが、あいつが尻尾触られてすっげーそそる顔しってからつい、ガキに手ェだすつもりは無かったんだ。つーかあいつあんなに俺を毛嫌いしてるくせに抵抗しねーで、晋助って、」 「ど、どうしたんスか晋助様!?起きてからずっとあの状態なんスけど!!」 「大方殿の夢でござるよ。嫌われてるのに惚れるのが悪いんでござる。」 あとがき ハロウィン企画で歩様にリクしていただいた高杉さんでした! セクハラ高杉でギャグを前面に!と思いつつも何故か普通に変態なだけの高杉さんになってしまったのが惜しい!勉強不足ですね。 愛してる高杉と愛したくないヒロインさん。ツンデレなだけです、きっと。どの道このあと高杉の餌食になるんだろうと思います。冒頭で祭好きが活動してないのおかしーよって言ってますが、高杉さんがヒロインさんのことで悩んでそれどころじゃなかったって思っていただければいいです。ヒロインさんの前ではカッコよくありたいけど普段はチャメっ気のある高杉さんとか面白いと思います。説明不足だ! |