来る。
ヤツが、来る・・・!


















「センセー、すんません。赤点取りましたー!」
「ぎゃあぁあああぁああ!!」


思わず近くに置いてあった赤ペンを彼に放り投げてしまった。
しかしながら、いとも簡単に避けられてしまうのはやはり私の体育の成績が悪かったからだろうか。
いや、関係ない。


「っぶねー・・・。センセ、生徒怪我させちゃ駄目だろ。特に俺みたいに将来有望なのは。」
「有望だろうとなんだろうと毎回!そう、毎回赤点取るなんて有望じゃねぇよ!」
「センセー口悪いっすよ。それと落ち着いてください。血圧上がってますよ。」


センセーが倒れたら心配っす。そう思うなら笑うな、赤点取るなぁああああぁ!!

えー、毎回赤点取って来てくださるこの人・榛名元希くんは新米教師である私の、最初に出会った問題児です。
現在進行形で。最初からこんな壁にぶち当たるなんてやはり教師は大変だ。じゃなくて。

この榛名くん、他の成績はまあまあなのに数学だけ壊滅的・・・。


私の担当は一年で、しかも英語なのに榛名は赤点取る度に私を補習の担当に指名する。
なんなんだ、教師をなんだと思ってるんだ!大体、教えても無理なヤツに何度も教えるのはなんていうか無駄じゃないのか!?
そうやって生徒の志気を下げるなと先輩先生に言われたけど知った事か。こいつが悪い。絶対的にこいつが悪い。
時間外手当寄越せってんだ。


「センセーさっきから百面相してますよ。早くやりましょーよ。」
「くっ、お前他の先生呼べ。私もう今日は帰る。用が出来た!」
「いやっす。センセ今日予定無いって他の先生に確認取ってるんでウソつかないでくださいよ。」
「用意周到だなオイ!」


まあそりゃそうだろうな、赤点取るのは目に見えてるって感じだしね!
大体、何の因果関係があってこいつに追いかけらんなきゃいけないんだ!


「そりゃ、センセ俺の事フったじゃないっすか。」
「心読むなぁああぁ!エスパー!?」
「センセ顔に出てます。」
「つかなぁ、それはフツーだろーが!貴方の頭の中はどうなってるんですか!?」
「あ、見ます?高くつきますけど。」
「いらん!」


そうなのだ。
こいつとは初対面のときから頭を悩まされてる。だって、一言目がおはようございます、でも初めまして、でも無く、
俺と付き合いませんか、だよ!?引くよ、そりゃ引くよ!速攻断らせていただきましたよええ!
それからというものこういう風に付けまわされ・・・ストーカー被害出そうかと何度思ったことか。


「大体、なんで私が数「センセー、俺の勉強見てくれますよね?」


・・・あの目は何があっても帰さねーぞって言ってる。
今はビミョーな敬語を使ってはいるものの、これは最終警告で次からは脅迫が待っているのだ。
例えば、犯すぞ、とか、全身青痣だらけにしてやろうか、とか、ね。まさか生徒からそんな脅迫を受けることになろうとは。
後者の場合秋丸くんという生徒が居なければ実際入院しかけたのだ。ふられた事をよっぽど根に持っているのか。
最近の子どものやる事は解らない。


「・・・はぁ。」


しかしながら私も教師。近頃の若者がディープで怖いことを学ぶいい機会だとも思う。
なので強靭な精神で耐え抜きながら今日も榛名に勉強を教えます。金には変えられないので!
榛名を手招きして、目の前の机に座らせる。よし、一時間で教えて、早く帰ろう。急用が出来たのは本当だからね。


「でー、榛名は何ができないんですかー。」
「全部。」
「・・・ねぇ、毎回言ってるけどさ、勉強する気ある?」
「無いっすよ。これだってセンセに会う為の口実だし。」


教師ナメてんのかこのガキ・・・!そのためだけに高校生活棒に振るつもり!?
それともあれか、私の教え方が悪いって言って訴えるつもりなのか!?


「あん、たさぁ・・・成績取っとかなくちゃ留年だよ?」
「センセと一緒に居られるならそれもいっかなーとか思ってるんすけど。」
「次赤点取りやがったらもう一生勉強教えてやんね。」
「センセ口わりぃって。」
「結構マジだからね。」
「あー、じゃあ次はちゃんと点数取りますって。だから教えてくださいよー。」


お願い、と手を合わせられても可愛くないっすから榛名くん。
けどまあよし。それなら教えてあげよう。ていうか教えないと片手に握られてる球が飛んでくる。


「で、どこわかんないの。」
「最後の問題。これ、応用だからわかんねぇんですよ。」
「あーそれかー。」


今回最大の難関だとテスト作った先生が言ってたな。まんまと榛名もハマったわけだ。
そりゃそうか、運動が出来て勉強できる完璧野郎なんて気持ち悪いだけだ。







「えーっと、此処で公式に当てはめ、って、榛名?」


用意しておいた紙に答えの式を書いていると、(結局教える気だった私、甘いな)前方からの痛い視線に気が付いた。
じーっと、私の手元では無く私を凝視しているのですがちょっとどうした。


「センセー、彼氏は?」
「いや、居ないけど。じゃないよ、勉強だよ、お前勉強!」
「これも道徳の勉強っす。じゃあ俺とかどーすか。将来有望っすよ。」
「自分で言うな!ていうか榛名とは付き合いません。絶対に駄目です付き合いません!」
「結構燃えると思うんですよね、教師と生徒の恋愛。」
「お前の頭ん中は八割方それで占めてんのか!?燃えないし私首飛ぶし!それより勉強して!」


飛んだら俺と結婚し 言い終わる前に殴る。もう付き合ってらんない。マジで辞表出そうかな。
キリキリする、胃の辺りが痛い。この年で胃潰瘍か!榛名ってやつは、榛名ってやつは・・・!
だからお前とは結婚もお付き合いもしないっつってるでしょうがぁあ!どんだけ執念深いのよ!!


「いってぇ!アンタ生徒に暴力振るっていいのかよ!?」
「正当防衛!ていうか勉強する気ないなら帰ってもいいすか!自分癒されたいんすけど!」


心身ともに榛名に傷つけられたこの傷を癒しに行きたいんすよ!
あ、今プチっていった。何かがプチっていった!


「キャラ変わってますって、センセ落ち着け!」
「センセ十分落ち着いてるっす!ていうか帰ります、アデュー榛名くん!」


完全にパニくってるっていうかクルってるっす!
クルっててもそれなりに健在の脳味噌で問題の答えを最後まで紙に書いて放置してはい終わり!


「あ、センセ職務放棄!」



「なんとでも言・・・お!?」


まあベタに起立性低血圧持ちである私は急いでいたのでそれを気にせずに歩き出してしまったわけでしてね。
今思うと何に対して怒っていたかパニくっていたか解らなくなってしまいましたが床が近づいてくるのはよく解りまして。
これは、顔面が床とご対面しそうなわけですか?




ッ、先生!」




榛名元希が叫びました。

















「・・・只今帰りました。」
「あ、先生。榛名、毎回すみませんね。」


自分の席に座ると、隣の数学教師が申し訳なさそうに苦笑いしながら受け持ちの生徒の採点をしていた。
ご苦労様です、と一言言ってから、私は私で帰りの支度をする。


「そう思うなら榛名寄越さないでくれませんか・・・?」
「いやぁ、あいつ先生じゃないと勉強しないっていうんでねぇ。」
「そうですか・・・。」


あいつそんな事言ってたのか。どこまで我儘なんだ・・・!
ああ!大体なぁ、私数学担当じゃないんだって!英語だっつーのえ・い・ご!イングリッシュ!
あいつのお陰で苦手な数学を私まで勉強するはめになってんじゃないか!


「・・・先生、大丈夫ですか?顔赤いですよ?」
「っ・・・!なんでもないです!ちょっと熱あるんです!」


そう、ちょっと熱あるだけ。ちょっと、ちょっっとね!
あああいつわきまえろ、身分とか弁えろって!いい加減にしろ、大体なんつー反射・・・。


「きょ、今日はもう帰ります、また明日!」
「ええ、また明日。お大事に。」


にっこり笑って手を振ってくれた先生を背後に、捻って痛む足を引きずりながら職員室を後にする。



あいつに言えるのは、顔を打つ前に助けてくれてありがとうだけだ。
もう絶対に受け持たないことにした。こうなったら何がなんでも受け持たないことにした。
脅しはもう聞いてやんない!




ああ、畜生。

足首と唇が熱い。













(やっぱり明日もう一発、いや、あと十発殴っとくことにしよう。)




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榛名さんはよく解らない!口調が難しいです(汗)
榛名の丁寧っぽくない丁寧語が好き。ていうか先生と生徒の恋愛がすk(殴)


これ、小話っていうより短編って感じになってきました。それこそ冷や汗だらだらです(汗)
『その1』ぐらいじゃないですかね、小話っぽいの!


『おお振り!投手恋愛シリーズ』第二弾だと思ってる時点で小話じゃないですよね。
既にもう駄目ですよね!小話なのにシリーズって、どんだけだ!


これが準さんのに続いたりします。




<<07.8.24>>